建築家・重松健×アート企画プロデューサー・杉山央が語る、創造的な都市の景観(前編)

建築家・重松健×アート企画プロデューサー・杉山央が語る、創造的な都市の景観(前編)

テクノロジーの発達、若い世代の価値観のアップデート、アジアやアフリカなどの新興国の急速な経済成長などを受けて、世界は新たなフェーズへと進みつつある。そのなかで都市空間はどのように変わっていくのだろうか――。

メタバースやミラーワールドといったデジタル空間でのコミュニケーションが一般化する時代に、都市はどのようなメッセージとビジョンを持つことができるだろうか――。

建築家・重松健×アート企画プロデューサー・杉山央が語る、創造的な都市の景観(前編)

ニューヨークを主拠点に世界各地で都市計画を進める建築家の重松健、森ビルに所属し最新テクノロジーを介した都市体験を研究するプロデューサー杉山央のお二人を招いた今回の対談から、世界の都市、そして東京が向かう先を探る。(前編)

変わるニューヨーク、課題の多い東京

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ー重松さんは東京の都市計画の提案もなさっていますが、今回の日本滞在で、あらためて、どんな印象を東京に持ちましたか。

重松:今回の目的の一つは、東京都が主催する『City-Tech.Tokyo』への参加です。世界中のスタートアップ企業や投資家、仕掛け人を集めたコンベンションで、テーマは「スタートアップが集まる都市の必要なものは何か?」でした。世界で戦えるスタートアップを育てる、といった話はよくありますが、私は東京を世界中のスタートアップが集まる都市にするというほうがより魅力的だと思います。

現在のニューヨークは、イーストリバー沿いに、元海軍基地であったブルックリン・ネイビー・ヤード、元倉庫街であったインダストリーシティ、そして最近はその南部に更に大きいブルックリン・アーミー・ターミナルが3大スタートアップ拠点として大きな注目を浴びています。そして、それらの場所はすべて水路でつながっており、船で通勤ができるようになっています。2017年からニューヨーク市はフェリーを電車やバスと同じ公共交通の一環として活用する政策を進めていて、たくさんの船着場を新設し、それまでの観光目的から日常のインフラに船を転換しています。乗船料も、20ドルくらいだったのが2ドル75セントと気軽に使える価格になりました。僕自身が船着場の前に住んでいるのですが、船で通勤する生活はクリエイティブ系の人たちにすごく受けがよくて、ニューヨークのスタートアップ拠点に世界中からどんどん人が集まってくる雰囲気があります。

同じように東京もたくさんの水路に囲まれていますが、残念ながら東京ほど水路を無駄にしている都市はないように思います。水辺の開発は進んでいても、肝心の水面は静か。しかし、水路を活用した新しい形式が生まれる余地は無数にあるとも言えるので、東京のポテンシャルをあらためて感じてもいます。ネットワークを組んで、面としての街の新しい「公共」っていうものをつくっていけたらと思っています。

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建築家・重松健

杉山:都市にはそれぞれの特徴が必要なんですよね。森ビルは、森記念財団というシンクタンクを持っていまして、年に1回、世界都市ランキングを発表しています。1位がロンドン、2位がニューヨーク、そして東京は3位。幾つかの指標で総合点を算出していますが、東京は上位の都市と比べて、文化交流のレベルが低い状況で、逆に言えば、文化交流を活性化することで東京の魅力が向上するだろう、というのが森ビルの考え方です。そのためにも、森美術館のような美術施設・文化施設を六本木ヒルズの最上階につくるなど、文化のある都市づくりに取り組んできました。

都市の価値というのは、ハードとしての建築だけでなく、圧倒的に建築のなかにもつくられるものであり、その中で人々が交流して出会いがあったりとか、そこでどんな体験が得られるかが重要です。これまでは駅からの距離やオフィスのグレードで賃料などが決まってきましたが、これからの時代は必ずしもそれが基準ではなくなる。オフィスに行くことでほかの街には体験できない出会いがあったり、自分の好奇心が刺激されるようなコンテンツがあったり。その体験が街の価値になっていくのではないでしょうか。

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アート企画プロデューサー・杉山央

重松:完全に同意です! 我々は建築設計事務所ではあるのですが、常に強調しているのは、「建物ではなく体験をデザインする」ことです。その場所にどんな体験やライフスタイルを見出していくかが重要で、アーティスティックなかっこいい建築をつくるのは第一義ではない。我々は確立したスタイルを持たないということをあえてやっていて、最適解をローカルに合わせて見出していく。そのときに強く意識するのは、やはり公共との融合です。

ー冒頭でも公共をキーワードに語ってらっしゃいましたね。

重松:公共空間は、目的を多様化すると思っているからです。用途が単一化されやすい商業施設やオフィスであっても、公共空間と一体的につくることでいろんなダイバーシティが生まれ、出会いのためのコミュニティが新たに生まれます。

例えば2019年にオープンした南町田グランベリーパークでは、隣接する鶴間公園とのあいだにあった道路を廃道にして、公園と周りの住宅街と溶け込むように設計しました。境界線が曖昧になることで、ローカルの人とビジターが自然と出会う環境が現れ、人々は犬の散歩をしたり、子供たちが走り回ったり、友達とお茶をしたり、買い物したりと、自ずと多目的化していくんですね。東京における水路のように、使われていない公共空間を活用してその周囲の民間開発との融合を図ることで、杉山さんがおっしゃっていたような街の個性が生まれていくように思います。

杉山:多くの都市は、長い歴史のうえに成り立っています。昔からある水路や道、あるいは広場をいまの時代に合わせて再利用することは、昔の記憶を継承して、また次の時代に届けていくこと。それが地域の個性・特徴として現れていくのは意味深く、面白いことですよね。

都市開発とコミュニティ

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ー都市の発展が点から面的に、しかも縦にも横にも広がっていくときに、あらためて公共との融合を探ることは、都市や暮らしの可能性を広げるように思います。

重松:どちらかと言えば僕は都市生活の信者で、例えばZoomですべてのネットワークを組めるからみんな郊外に散っても同じことができるだろう、といった考え方には懐疑的なところがあります。やはり何らかの「こと」が起こるには一定以上の集積が必要だと思っています。徒歩20分から25分ぐらいで移動できるエリアを「面」として捉えたとき、そこにイノベーションやインスピレーションが生じる。

僕が提唱している「東京G-LINE」は、いまある都心環状線(C1)を見直そうという構想です。この高速道路は、1964年の東京オリンピックに間に合わせるために急いでつくる必要があったわけですが、一周14.7キロ、直径2.3キロという、非常に小さな環状線は世界を見てもほかに類がありません。かつては大事な高速道路ではあったけれど、その周りに中央道、外環、圏央道ができあがっている現在では不要です。

であれば、環状線一周をすべて開放して、半分を公園に、さらに半分はモビリティに関わるイノベーション特区にして、いろんな未来のモビリティの実験ができるようにする。そんな空間が都心の真ん中にできたら、それこそ世界中からスタートアップや研究者が殺到するでしょう。加えて、快適な公園ができれば都市のど真ん中で子育てをするイメージも持てるはず。公共空間がイノベーションのハブとも併存しているぐらいの大きな変化がなければ、現在の静かに下降している状態から東京は抜け出せない気がします。

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杉山:人々が一緒に暮らし何かを共に生み出すというのは、人類にとっての生きる幸せだと思うんです。それを促進させる機能として、都市はものすごく効率的なコミュニケーションインフラだと思うんですね。高密度にいろんな機能があり、住む場所、働く場所、遊ぶ場所という多面的な機能が集約されている。

一つの例として、いま窓から見えている麻布台ヒルズがあります。8.1ヘクタールという広大な土地で、30年以上ものあいだ、地元の方たちと一緒に街づくりを続けてきました。効率や収益性を重視した発想で考えると、敷地内の容積率がいちばん積みやすいところに建物を建て、そのあいだにポケットパークみたいな空間をつくるのが一般的なマスタープランでしょう。

しかし麻布台ヒルズではまったく逆の発想で、まず真ん中に6,000平米の芝生広場をつくったんです。そこがすべての住宅、オフィス、文化施設、商業施設の交流の地点になっていて、まさに重松さんおっしゃられたような公共空間的な役割を担っています。居住者の方たちはそこで暮らしながら食事もするし、オフィスワーカーが職場を出て街のなかで自分の仕事ができるような、シームレスに生活と労働の経験がつながるわけです。

重松:まさに広場は公共空間ですから、麻布台ヒルズの例は多様な人と交流のミックスの実現ですね。しかし、ここで少し批判的に考えなければいけないのが、大規模開発による家賃や地価の高騰による、ジェントリフィケーションの問題です。

高級な高層タワーが建って、一定以上の収入のある人でなければ住めないような環境になっていくのは望ましいことではありません。しかし、これは実際にニューヨークでも起こっていることです。いままでそこで商売していた人たちが出ていかなければいけなくなり、高額な家賃を払えるオーソドックスなチェーン店ばかりの街になってしまう。

ー例えば、ドキュメンタリー作家のフレデリック・ワイズマンは公共の問題を映画のなかで多く扱っていますね。NYの下町を舞台にした『ニューヨーク、ジャクソンハイツへようこそ』(2015年)が、まさにジェントリフィケーションの問題を扱っていたことを思い出します。

重松:そういった諸問題に対して、「モデレートインカムハウジング」という対策が最近は進んでいます。これまでも低所得者用住宅などで行なわれてきた施策ですが、最近行なわれているのは、一棟の高層タワーのなかで、収入額に応じた入居者の比率を満たすルールを制定しつつ、収入の上限も設けるものです。さらに居住階もいろんな人が混ざるようになっていて、どこにどんな収入の人が住んでいるかわからないようにしている。このルールに従えば、ニューヨーク市は固定資産税を20年間無料にする優遇措置を与えています。この施策によって、タワーのなかにいろんな人が混ざるようになり、自然とダイバーシティが生じていく。

床の容積率を上げて、抱える床の面積を必要以上に増やしていくということは考え方によってはリスクにもなりえますから、固定資産のインセンティブを与えながらダイバーシティを進められる環境をつくっていくというのは、非常に有効な実験であるように思います。

杉山:面白いアイデアですね。森ビルの再開発は、何百という地権者の方との交渉と工事期間中の地域外への転出が必要になります。ですが工事が終わって街ができあがったら、多くのみなさんは帰ってこられます。新しい街の居住者として。

街が新しくなっても、そこに暮らしてきた人たちと文化の継続性は変わらないようにする。それは街の個性を残すことでもあって、私が所属している新領域事業部という部署では、不動産デベロッパー自ら、街のプロパティを活用していくという発想で街づくりを展開しています。地域の個性を生かしたサービスやアートイベントのようなコンテンツを開発し、それが結果的に他の街との違いになっていく。

六本木ヒルズはその先行事例と言えるでしょう。街が新しくできた瞬間から自治会が活動を始めて、例えば夏になると六本木ヒルズアリーナを使って、昔から住まれている方たちも新たに暮らし始めた人たちも一緒に集まって盆踊りをやったり、模擬店を開くんです。日本古来のお祭りみたいなものが街に根付いていることで、参加の意識が生まれ、コミュニティが形成されていくんですね。(後編につづく)