安藤忠雄設計のトイレが舞台に。GEMINIが切り開くメディアミックスの可能性

GEMINI Laboratory(以下、GEMINI)では、2024年10月から11月にかけて、異業種のクリエイターたちがコラボレーションし、新たな可能性を模索する『Media-Mix Workshop | Where Film Meets Game Design』を開催。11月8日には、IMAGICA竹芝メディアスタジオにて、ワークショップから生まれた作品の発表会を実施した。
ワークショップでは、映画とゲームという異なるメディアのコラボレーションに挑戦。ヴィム・ヴェンダース監督作『PERFECT DAYS』で話題を呼んだ安藤忠雄設計の渋谷区公共トイレを舞台に、メディアミックス作品を制作した。
発表会では、参加者たちから制作プロセスや表現手法に込められた思いが語られ、ゲストクリエイターたちからは熱のこもった講評が寄せられた。本記事では、ワークショップを通じて見えた、映画とゲームの融合がもたらす新たな可能性に迫る。
異なる価値観のコラボレーションが生む、新たな可能性
今回のワークショップの開催にあたって、GEMINIが目指したのは、異なる文化や価値観が交わることで生まれる「革新」の探求だ。作品発表会の司会を務めた、GEMINIを主催するTOPPANの松村三知代氏は、オープニングトークで「多様な価値観が交差する場では、大変さや対立は避けられないが、それこそが新しいものを生み出す原動力になる」と語り、この理念がワークショップの基盤となったと強調した。
建築業界出身でありながら、異分野での経験を積み重ねてきた松村氏は、『アルス・エレクトロニカ』や『SXSW(South by Southwest)』など、クリエイティブな場から得た刺激をもとに、今回のワークショップを企画したという。
ワークショップには、映画、ゲーム、音楽、建築など、多様な分野から集まった約20名が参加。IMAGICAのVFXプロデューサー・古橋由衣氏とコアエイトのゲームクリエイター・堀田昇氏という2名のメイン講師の指導を受けながら、映画とゲームを融合させた作品制作に取り組んだ。
さらに特別講師として、『Beyond the Frame Festival』ディレクターの待場勝利氏、ドキュメンテーション・プラットフォームを運営するARCHI HATCHの徳永雄太氏、建築家で国内外の地域開発プロジェクトにおけるデザインアドバイザリも行う高橋真人氏、デジタルコンテンツクリエイターの小畑正好氏、dots in space代表の橋本和幸氏らが参加。1日目にはXR映画の可能性をテーマにしたレクチャー、2日目には建築物のデジタルアーカイブ化についての議論、3日目にはゲーム業界の未来を展望するセッションを実施した。
古橋由衣氏
堀田昇氏
安藤忠雄設計の公共トイレが舞台に。映画とゲームが交差するメディアミックス作品
作品制作の舞台となったのは、東京都渋谷区にある神宮通公園トイレ(THE TOKYO TOILET)。これは、安藤忠雄氏が「都市施設としての価値」を追求して設計した建築物で、ヴィム・ヴェンダース監督作『PERFECT DAYS』でも話題になった。
Caito / Shutterstock.com
「雨宿り」と名づけられた円形のトイレは、光と風を通す縦格子の壁が安全性と開放感を両立し、公園の緑と調和しながら独自の存在感を放つ。
安藤氏の「このトイレは宝石箱のようなもの。利用する人は宝石」という設計コンセプトをもとに、参加者はAとBの2チームに分かれて、映画とゲームのメディアミックスに挑んだ。
Aチーム:『宝石箱の裏の私』
Aチームは、35歳の女性清掃員を主人公に、現代社会の「理不尽さ」に焦点をあてた作品を発表。ジェンダーを理由にした契約形態の格差、職業差別といった社会問題を描き、視聴者に考えを巡らせてもらうことを目指した映画と、プレイヤーが主人公の感情を体験するリズムゲームを組み合わせた。
主人公の泉は、さまざまな仕事を転々とするなか、偶然見つけた清掃員の求人に応募。職場で差別的な言葉を浴び、理不尽な扱いを受けることになるが、あえて差別に抵抗せず、葛藤を抱えながら黙々と仕事を続ける。そして、ラストシーンでは、無表情で清掃を続ける泉が初めて声を発し、観客に彼女の感情や社会的テーマを考えさせる。
メディアミックスの点では、映画とゲームが連動する仕組みを導入。映画の悪口が発せられるシーンを起点にゲームが始まり、プレイヤーがリズムゲーム形式で、画面に現れる悪口をモップで打ち返す。ゲームの結果に応じて、映画のストーリーが分岐し、最終的なエンディングに影響が変わる仕組みとなっていた。
制作者は「感情の受け渡し」をメディアミックスのテーマとして、単なる映像やゲームの融合ではなく、プレイヤーの感情に直接作用する体験を作り上げることを目指したという。ゲーム内での行動が映画の展開に影響を与え、怒りから悲しみに至る感情の変化を通して、社会問題を深く考えさせる仕掛けにしたという。
発表後、観客からは「現実的なテーマに向き合いながら、ゲームで怒りの矛先を表現するアイデアが新鮮」「社会の負の側面を描く一方で、ゲームが救いの役割を果たしていた」といった感想が寄せられた。
デジタルコンテンツクリエイターの小畑正好氏は、「社会的テーマをエンターテインメントの枠に落とし込みながらも、深い問いを観客に投げかける意欲的な作品」とAチームを称えた。
音楽制作会社インクルードP.D.の代表を務める亀川浩未氏は、「音楽と映像の融合において、声や音が果たす役割をさらに探求する余地があると感じた。これからの作品では、音と映像がより密接に連携し、新たな表現が生まれることを期待している」と評価した。
小畑正好氏
亀川浩未氏
Bチーム:『だれでもWC』
Bチームは「対比構造により生まれる不条理の体験」をテーマに、映画とゲームを連動させたメディアミックス作品を制作。映画では宇宙人に連れ去られる人間の視点、ゲームでは人間を選別する宇宙人の視点を描き、善悪や倫理観を曖昧にすることで、視聴者にジレンマを感じさせる仕組みをつくった。
映画では、地球から突然、宇宙船に連れ去られる主人公の体験を通じ、日常生活がどれほど尊いかを描く。主人公がコレクションする「人生の宝石箱」を象徴に、不条理のなかにも日々の価値に気づいていく物語が展開されていく。
一方ゲームでは、宇宙人の視点で人間を選別する冷徹なタスクを淡々とこなす体験が描かれる。極めてポップな空間でタスクが遂行される様子は、主人公の苦悩とは対照的で、同じ時間軸のなかで違う視点により、異なる世界が展開されるよう設計されていた。
Bチームのメンバーは「映画とゲームのどちらも独立した作品にすることを意識した」と語る。既存の「映画的なゲーム」や「ゲーム的な映画」ではなく、それぞれが独自の体験を提供しつつ、断片的な情報を通じて観客やプレイヤーが全体の世界観を構築できるようにしたという。
また、「映画とゲームの視点の対比を通じて、善悪や倫理観を曖昧にし、不条理の感覚を強調した」というように、デュアルナラティブ(二つの異なる物語)を活用してテーマを際立たせていた。
厳しい制作スケジュールについては、「初日の5日後には撮影を行うというタイトななかで、全員が柔軟に役割をこなしながら進めました」と振り返った。「俳優が足りないなか、全員が演技に参加することで乗り越えました」と、チーム一丸となって進めた制作プロセスを語った。
観客からは「映画とゲームそれぞれが独立していながら、共通のテーマが強く伝わる」「宇宙人と人間の視点を対比させる手法が新鮮で、不条理なテーマが際立っていた」という感想が寄せられました。
また、講評を行ったロフトワークの原亮介氏は、「短期間でここまで高い完成度を実現したことに感動した。映像とゲームという異なるメディアが互いに関連し合い、新しい視点を生み出していた点がすばらしい」と評価。
CGスーパーバイザーの高橋博氏も「安藤忠雄氏が設計した公共トイレがこの作品の核となっており、映像やゲームの完成度の高さに驚いた。映像の美しさとゲームのポップさの融合が、新しい認知を生む可能性を強く感じる」と賞賛した。
原亮介氏
高橋博氏
次世代を見据えた未来への展望
終盤に行われた参加者とメイン講師によるトークセッションで、古橋氏は「参加者たちの熱量と挑戦心が印象的だった」と語り、短期間で大作を完成させた参加者たちの努力に敬意を表した。制作のプロセスではチームワークと集中力が求められ、参加者たちにとって大きな学びの場となった。古橋氏は、「この経験が未来の創作活動への大きな糧となることを期待している」と話す。
同じくメイン講師の堀田氏も、短期間でゲームと映像を融合したメディアミックス作品を完成させた努力を称賛。「この挑戦は、メディアミックスの新たな可能性を考えるうえで素晴らしい手本となる」と高く評価した。限られたリソースで完成させた作品は、メディアの融合が生み出す可能性を提示し、クリエイティブ分野における新たな方向性を示している。
XR映画の体験上映も
そして、発表会の最後には、ヴェネチア国際映画祭にノミネートされたXR映画の鑑賞体験イベントが行われた。日本で唯一のXR映画祭『Beyond the Frame Festival』のフェスティバルディレクターを務める待場勝利氏がXR映画の魅力について解説。参加者のなかから招待を受けた観客が専用ゴーグルを装着し、没入感あふれる作品の世界を体験した。
待場勝利氏
未来を創るコラボレーションの可能性
今回のワークショップでは、異なる分野の視点を融合させることで新たな価値創出の可能性が示された。単にアイデアや視点を共有するだけでなく、「一緒に考え、手を動かすこと」によって得られる発見が、参加者にとってクリエイティブ制作のアイデアを得るきっかけとなり、未来の創作における多様性や新たな発展につながるはずだ。
さらに、AIや生成技術の活用、多分野との連携を通じた取り組みが、より斬新で動的な創作スタイルを可能にするだろう。このワークショップで得られた発見と挑戦は、次世代のクリエイティブな可能性を切り拓く第一歩といえる。