歴史のなかで「いま」という瞬間を伝える:カタルーニャのアーティスト、シャビ・ボベが表現する光

カタルーニャ地方を代表するメディアアーティストとして、スペイン国内外で活躍しているシャビ・ボベ。プロジェクションマッピングや光のアート、没入型のプロジェクトなどに特化する彼のスタジオは、光、映像、音を組み合わせ、独自のAV体験を創り出そうとしている。時間や記憶、人間の知覚、個人とその周辺との相互作用といったテーマに取り組みながら、AIなど最先端の技術を活用し、ガウディのサグラダ・ファミリアやカサ・ミラといった歴史的建造物を変貌させる。彼の芸術性は、既存の文化と現代的なテクノロジー、都市部と自然豊かな地方といったともすると相反する要素をうまく共存させようとしている。
今回はシャビが拠点としているカタルーニャ州北東部のクリエイティブハブ「BRAVA」を訪れ、彼の創造性について話を聞いた。
シャビ・ボベ。1978年、スペイン・カタルーニャ州リェイダ生まれ。第一線のメディア・アーティストであり、ラモン・リュイ大学デジタルアート学部ラ・サリェ(La Salle)のディレクターも務める。バルセロナのリセウ劇場で長年映像監督を務め、オペラと電子音楽の分野での受賞多数。現在もカタルーニャ州のベグールに在住(撮影:類家利直)
オペラの仕事で学んだクラシック音楽と電子音楽への情熱、伝統と革新のハイブリッド
——数年前、あなたの作品『Visual Soundtrack』を見て、既存の音楽をうまく活かしていると思いました。オペラや音楽の仕事をしていたそうですが、どのようにしてそういった仕事を始めたのか教えてください。
シャビ・ボベ(以下、シャビ): 元々エンジニアで、バルセロナのオペラ座「リセウ」で13年間働いていました。私のキャリアはリセウ劇場でのインターンシップから始まり、電気通信工学の学位を持っていましたが、クラシック音楽についてはわずかなことしか知りませんでした。
技術者としてスタートしましたが、芸術分野の仕事を希望していたので、最終的には映像監督を務めることになりました。リセウ劇場は、私が技術的な面から創造的な面に移行するためのプラットフォームとなったのです。
私の音楽への情熱はテクノ、そしてレイヴもふくめて電子音楽寄りだったのですが、オペラに関わる仕事のなかで、クラシック音楽と出会い、新しい視点を得ることができました。この2つの世界の融合に非常に情熱を感じています。
伝統と革新、オーガニックなものとテクノロジー双方の持つ特徴やコントラストが、異なる視点から様々な感情を作り上げ、増幅するのです。そのため、私のいくつかの作品はクラシック音楽やその構造を持ち、電子音楽と相互作用を起こすハイブリッドな内容となっています。
Moviments Granados – © Xavi Bove Studio
シャビ:私は音楽家ではありませんが、リセウ劇場ではすべてのリハーサルに参加していました。音楽家や演出家、オーケストラの指揮者と直接対話できたことで、新しい芸術表現の形や音楽の世界に触れる機会を得ました。特に楽譜を読んで指揮者と長年一緒に仕事をしてきたことで、小さなニュアンスを感じ取ることができ、音楽の構成や視覚化に対して深い理解とつながりを感じるようになりました。
私の作品には、サウンドデザインが重要な役割を果たしています。音楽は私が作曲家やコーダーと密接に連携し、スコアを共同で制作しています。それは、視覚的な提案と完全に結びついている必要があるからです。
音と視覚表現の協調関係:地域の建築と音楽家を結びつける
シャビ:バルセロナのカサ・ミラ(地元では石切り場を意味する“ラ・ペドレラ”とも呼ばれる)で発表された『Moviments Granados (グラナドスの動き)』は、2016年ごろのもので、初期のジェネラティブなマッピング作品の1つです。この作品では、カメラでとらえたオーケストラの指揮者の動きで、建物が動いているように見せました。そして、各楽器の音が異なる色で描かれ投影されます。3つの楽器と指揮者によって、すべてが一緒になってビジュアルを生成します。音楽がなければ、ビジュアルも動きません。
この音楽は私と同じリェイダ出身の作曲家、エンリケ・グラナドスの作品です。もう亡くなっている作曲家ですが、彼の『Trio, Op. 50 for Violin, Cello, and Piano (ヴァイオリンとチェロとピアノのための三重奏曲 作品50)』というあまり知られていない作品を使いました。この建物の一角には、3つの窓の列があり、この『Trio』を表現したいと思いました。
私は、演奏者を探し、作品がどのように機能するかを説明し、彼らが作品を演奏しました。これはラ・ペドレラからの委託作品であり、バルセロナの『Llum BCN』で発表されました。『LLUM BCN』は光のアートのためのフェスティバルとして世界的にも知られています。
音楽を視覚的に表現することに焦点を当てた作品や、視覚と音楽を同時に生成する作品など、こういった作品はすべてコンセプトの段階から視覚表現と音の関係性を追求しています。
閉鎖された陶器工場を改装したクリエイティブハブ「Brava」には伝統的な水瓶が壁に飾られている(撮影:類家利直)
撮影:類家利直
AIの活用、そして細部におけるエレガンスの追求
シャビ:カタルーニャの守護聖人サン・ジョルディの日に合わせて公開された『Rosa, Rosae (ラテン語で「バラ、バラによる」という意味), Aesthetic Declinations』は、AIを使ったプロジェクトです。バラの美しさとガウディの作品の持つ質感が使われています。
AIを使って、ガウディのスタイル「トレンカディス」(破砕した陶器やタイルを利用し、曲線的でカラフルなモザイク模様を作る装飾技法)を取り入れているんです。ガウディが至るところで使っていた鍛鉄や陶器のタイルをどのように表現していたのか、もっともミクロな部分からマクロな部分までを巡っていきます。これはちょっとした進化です。
Rosa, Rosae, Aesthetic Declinations © Xavi Bove Studioサン・ジョルディが退治したドラゴンの血からバラが咲いたという伝説があり、聖人像の背景のバラはこのサン・ジョルディの日の象徴
シャビ:メイキング映像を見れば、どうやってつくり上げたのかがわかります。バラのデータベースをつくり、ガウディのモチーフを特定し、分類。AIによる画像を選別して、さらに処理し直して見せるのです。とてもゆっくりとしたプロセスで、AIの制作する動画にありがちな”早い”動きを持った映像を避けようとしました。よりエレガントなやり方を取ること、ゆっくりとした体験、それは私たちのスタジオの特徴の1つです。
私たちはスタジオで、複雑な技術開発の裏でシンプルさを求めているので、ユーザーが体験するものは非常にエレガントで、見た目はとてもシンプルです。このようなゆったりとしたアート体験の感覚が好きなんです。
——アート全般におけるAIの未来についてどのように考えていますか?
シャビ:AIは理想化されるべきでも、悪魔化されるべきでもありません。コンピュータや鉛筆、ペンを使うのと同じように、創作のためのツールの1つです。技術への情熱に振り回されることも、完全に拒絶することも、どちらも機会を逃すことになります。重要なことは自分が創造するものであり、ツールではありません。
そのため、創作過程にAIを取り入れることは、このごろではごく普通のことになりましたが、つねに批判的な視点を持って、AIがどのような情報源に基づいて、どのような目的で使用されるのか、知的財産権への批判的視点も合わせて理解することが重要です。
AIをすべての作品に使用する必要はなく、ほかのソフトウェアと同様に、クリエイティブな目標に応じて使用するかどうかを決めるべきです。私の場合、AIを使ったこの作品は非常にコンテクストに合っており、サン・ジョルディの文脈で、ガウディの建築スタイルとバラという伝統的な要素を組み合わせることができると感じました。
そして、AIを使ってこれらの要素のあいだで新しいバリエーションを見つけ、それを提案しました。ミクロからマクロへの旅を提案するという意味で、AIの使用は非常に理にかなっていると思います。
AIを用いた最近の作品には、パルマ・デ・マヨルカの現代美術館で発表した『Cartography of the Imaginary』もあります。これは、14世紀に作られた最初のアトラス(地図帳)にインスパイアされた作品です。アトラスは星を見て航海するための地図として使われましたが、その要素を使って、AIで新しい世界を想像しました。そして私は、星をつなぎ、天井を消して宇宙へと旅するような体験をつくり上げました。
そのアトラスは、星を観測しながら航海するための地図として、また未知の世界を発見するために使用されていました。そこで私は、AIとともにそれらの要素を使って新しい世界を再構築しました。それからビデオプロジェクション、レーザー、マルチチャンネルオーディオを駆使して、体験を作り上げたんです。会場の天井に投影し、それをキャンバスに見立て、星を浮かび上がらせたり、消したり、星同士をつなげたりすることで、宇宙や未知への旅を可能にしました。
『Cartography of the Imaginary』
シャビ:このように、AIを使うことには具体的な目的があります。14世紀の地図製作者が聞いた話に基づいて地図を作成したように、既存の要素を組み合わせて新しい結果を探るためにAIを使うのです。この作品では、アトラスのさまざまな絵を使って、それを変形させ、新しいバリエーションをつくり出しました。これらのイメージはビデオマッピングに使用され、さらに音と光を組み合わせられ、訪問者を想像上の旅へと誘う演出として用いられました。
カタルーニャ地方のアートの状況。都市から離れて形成されるクリエイティブなハブ
——スペインでも、特にバルセロナでは地域住民や観光客たちが公共空間でメディアアートを楽しめる機会が多いように見受けられます。その一方で、自然や伝統が残っているカタルーニャの地方ではまったく違った生活があります。バルセロナやカタルーニャ地方のアーティストの状況について教えてください。
シャビ:カタルーニャの芸術家の現状についてですが、バルセロナは現在、世界的にデジタルアートの中心地となっており、とくにエレクトロニックミュージックとマルチメディアアートの祭典『Sonar Music Festival』が有名です。『MIRA Festival』(※1)や『Digital Impact』(※2)などのデジタルアートに関連したフェスティバルや、『OFFF Barcelona』もあります。
バルセロナには多くの創造的な才能が集まっており、ほかのスペインの地域よりも、特にデジタルアートとクリエイティブ産業に関してはヨーロッパ全体と比べてみても、非常に進んでいると言えます。多くのスタジオがバルセロナにあり、国際的に高く評価されています。
※1:音楽と映像、インスタレーション作品によるフェスティバル※2:没入感のある作品を中心としたデジタルアートのイべント
『Gaudí’s Architectural Evolution』のプロジェクションをテストした模型。ガウディの設計がどのように発展していったのか、年代ごとに解説される
サグラダ・ファミリア内の展示室に実際に展示されている『Gaudí’s Architectural Evolution』
シャビ:しかし、多くのスタジオが都市を離れ、クリエイティブなハブが形成されつつあります。たとえば、カタルーニャ南部のタラス・デ・エブレ地域や私が拠点にしている北部のエンポルダなどです。クリエイティブなプロセスが都市部から離れた地域に分散していく一方で、都市に戻って展示活動が行われることもあります。
自然のなかでの創作活動はアーティストにとって非常にインスピレーションを与えるものであり、また経済的にも安価で、じっくりと考えたり観察したりする時間が確保できるため、より創造的な作品を生み出すことができます。
また、私はバルセロナのラモン・リュイ大学の学士・修士プログラム「ラ・サリェ」でディレクターを務めています。ディレクターとして、教授のアサインから、どのような活動を行なうか、さらに外部の企業やフェスティバルとの関係構築にも関与しています。
すべてが互いに影響し合い、技術的な研究が大学にも反映され、フェスティバルもこのコースと関係してきます。たとえば、『MIRA Festival』は、ラ・サリェと協力してアーティスト・イン・レジデンスのプログラムを実施します。『Sonar Music Festival』とも最近提携関係を結んだばかりです。このように、すべてが連動しているといえます。
——あなたがまだ達成していないこと、あるいはまだ取り組んでいないけれど、いつか実現したいと思っていることはありますか?
シャビ:1つあるとすれば、公共の場における恒久的な光の作品を作りたいと思っています。私がこれまでにつくった作品のほとんどは、一時的なもので、フェスティバルや特定のイベントのために制作されたものです。たとえば、リェイダにある屋内作品や、ノルウェーのギャラリー、サグラダ・ファミリアのために制作した作品などは常設展示されてはいますが、それらとは別に公共の場所に恒久的に設置される作品を作りたいという願望があります。しかし、それはあくまで個人的な目標であり、必ずしも私の人生のゴールというわけではありません。私はこれまでどのプロジェクトでも楽しんでやってきましたから。もしかしたら、それは今まで作品を発表したことのない日本のような国々で、新しい人たちに向けて発表する、ということなのかもしれません。
これまでは具体性のある作品をつくっていましたが、現在ではより長く、生成的で、内省的な作品へ移行しています。私の作品の進化は、つねに記憶や時間、私たちの周囲の認識に関する概念に関連しており、それが自然や気候、気候変動、私たちの世界と宇宙の関係、といったことに結びついています。
——特に音楽のような表現において、時間の経過や変化など時間の概念については、どのようにとらえていますか?
シャビ:時間は絶えず進み続け、過去に戻ることはできません。映画のように巻き戻すこともできないのです。エントロピーの法則によれば、時間が進むにつれて、必然的に無秩序は増大し、均衡へと向かいます。こういった科学的な概念は、私にとって非常に詩的に響くものです。
私たちの人生のなかで、各瞬間は非常に価値がありますが、同時に人類の歴史の進化の中では取るに足りない瞬間です。これが私が作品に込めたいメッセージです。私が誰なのか、それは私の環境に対する理解や記憶、私が覚えていること、他者が私について覚えていること、そしてその時間の価値を考えることが、私たちの存在にとって非常に重要です。
しかし、同時に、私たちは世界のなかで非常に小さな存在に過ぎません。人類の歴史の進化を見れば、私たちがいまいるこの瞬間は、非常に小さくて取るに足らないものです。いまここであなたと私が話していることも、歴史全体のなかでは何でもないのです。しかし、このことを理解することはとても美しいことであり、作品を通じてその感覚を伝えることが私にとって非常に重要なのです。
ゲストプロフィール
Xavi Bové (シャビ・ボベ)
1978年、スペイン・カタルーニャ州リェイダ生まれ。第一線のメディア・アーティストであり、ラモン・リュイ大学デジタルアート学部ラ・サリェ(La Salle)のディレクターも務める。バルセロナのリセウ劇場で長年映像監督を務め、オペラと電子音楽の分野での受賞多数。現在もカタルーニャ州のベグールに在住 https://xavibove.com/ https://www.instagram.com/xavibovestudio/
Co-Created by
類家利直
音楽ジャーナリスト 2011年からスペイン・バルセロナを拠点にヨーロッパのクラブシーン、音楽系テクノロジーやMakerムーブメントなどについて執筆。大学院でコンピューターを活用した音楽教育を研究していたこともあり、近年は広くテクノロジー教育事情について取り上げる機会が増え、そこで音楽教育が教科の枠を越えて果たす役割に注目している。 青森県内の県立高校で音楽科教諭として勤務した後、都内の芸術団体でアートマネージメントに従事。イタリアのサルデーニャ島に住んでいたこともあり、地中海地域の文化に詳しい。