嗅覚未来学者、オリヴィア・ジェズラーとメタバースを香る

嗅覚未来学者、オリヴィア・ジェズラーとメタバースを香る

Image: JC Media via Unsplash

テクノロジーは視覚、聴覚、触覚を着実にバーチャル体験に組み入れてきた。しかし、嗅覚はまだ取り込めていない領域だ。なぜ香りは遅れをとっているのだろうか。一方で、嗅覚にはどのような可能性が秘められ、それをバーチャルリアリティと統合するにはどのようなブレークスルーが必要なのだろうか。

嗅覚未来学者、オリヴィア・ジェズラーとメタバースを香る

The Future of Smell社の創設者であるオリヴィア・ジェズラーとの対話では、バーチャル環境に匂いという感覚を取り入れることが生み出す未来への期待と課題、そして没入型テクノロジーを再構築する可能性にスポットをあてる。

デジタル空間における匂いの役割を考える

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-デジタル世界において嗅覚という感覚は、他の感覚とどのように違うのでしょうか。

ジェズラー:嗅覚は、バーチャルな世界を真にリアルなものにするための最後のピースだと言われていますが、それには理由があります。嗅覚は明確な感情と結びついていて記憶を呼び起こす力をもっていますが、そのような感覚をデジタルで再現するのは簡単ではないからです。

香りには繊細さと正確さが要求されます。デジタル空間での理想的な香りのありようとは、嗅覚が感覚体験を圧倒的に支配することなく、あくまでもそこでの経験を引き立てる役割です。

バーチャルな状況に合わせて香りをタイミングよく放つ技術も必要ですが、最も重要なのは、その場にふさわしい「正しい香り」を正確につくり上げることなのです。

デジタル体験と香りの調和

-「正しい香り」とはどういう意味ですか?

ジェズラー:どのような効果を考えて、香りと体験の結びつきをデザインするかにもよるのですが、一つは、体験を高める感情的なレイヤー(一つひとつの層)を生み出すために、そのシーンのコンセプトに合った特定の香りを正しくつくる、という発想があります。あるいは、情景を構成する香りをできる限り正確に表現して没入感を高めるというアプローチもあるでしょう。

たとえば、森のなか、花咲く小道を歩いているときの香り、花に顔を寄せて嗅ぐときのスポットでの花の香り、花から離れて周囲の香りに意識が戻る時の香り、といったVRでのユーザーの動きや周囲の環境を考え、それに合わせて正しく香りをデザインすることで、よりリアルに近い体験ができるようになります。

-私たちは、真に没入できるようなデジタルの空間における香りの体験をもうすぐできるのでしょうか?

ジェズラー:少しずつその実現に近づいてはいますが、道のりはまだ長そうです。ハードウェアを開発している人はたくさんいます。たとえばニュアンスのある香り体験を提供できる素晴らしいOVRのようなキットもあります。

それでも、おおざっぱに言うと、私たちにはまだ埋めなければならないギャップがたくさんあるのです。適切なハードウェアや香りを開発するだけでなく、ハードウェアを手頃な価格で使いやすいものにし、実際に毎日使いたくなるようなものにすることも重要です。

また、エンターテインメントにとどまらず、健康やヘルスケアなど、より幅広い場面で人々の心をつかむようなアプリケーションを考える必要もあります。

[Image: Content image]

Image: Scent Genie, an AI-powered fragrance finder by Olivia Gezler

デジタルと香りの未来

-デジタル空間における香りの未来についてどうお考えですか?

ジェズラー:その人その人に最適化されたパーソナライゼーション、それから、誰もが使いやすいという意味でのアクセシビリティが重要になるのではないでしょうか。気分やその日の予定に合わせて、ユニークな香りを提案してくれる鏡があったら、と想像してみてください。楽しくなりませんか?

これ以外にも、ヘルスケアにおける香りの可能性に注目しています。ある特定の香りを特定の閾値で嗅ぎわけることで、認知症やパーキンソン病、アルツハイマー病などの病気の発見に役立つという研究結果が出ています。

たとえば、ソニーが開発した新しい嗅覚デバイスによる高い精度の嗅覚検査を使うと、神経機能の低下を早期に発見できる可能性が高まります。現在、嗅覚という領域はまだ他の感覚を追いかけている段階ですが、デジタル空間における香りの力は大きいのです。