デザイナー田中義久が探究するデジタル上の物質性。「紙」と向き合い続けて見えたもの

デザイナー田中義久が探究するデジタル上の物質性。「紙」と向き合い続けて見えたもの

SUNAKI Inc.、centre Inc.、GEMINI Laboratoryによるプロジェクト「DoubleObject」は、現実空間とデジタル空間の往還や関係性を探る実験的なプロジェクトだ。デジタルだからこそできる探求や、そのなかで生じる予想外の現象を起点に、それを現実空間に持ち込むような作品を複数のアーティストや研究者らがつくっていくという。

本プロジェクトに参加している田中義久は、グラフィックデザイナーとして活動しつつ、紙を素材に作品制作するアーティストデュオ「Nerhol(ネルホル)」としても知られている。紙の物質性や社会性などを批評的に読み解く彼は、紙が有する物質性を手がかりに、新たなアイデアやコンセプトを提示してきたが、その姿勢は、「DoubleObject」における現実とデジタルの関係性に当てはめることもできるだろう。

デザイナー田中義久が探究するデジタル上の物質性。「紙」と向き合い続けて見えたもの

このインタビューは、田中と同じく、プロジェクトメンバーであるアーティストの砂山太一(SUNAKI Inc.)が2023年12月に京都市立芸術大学内で企画したワークショップとトークイベント『ビジュアリティ/マテリアリティ』を採録・再構成したもの。田中が取り組んできた実験を通して、インターネットが普及して以降の紙媒体、そしてデジタルの可能性の一部に触れてみたい。

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デジタル3D空間の特定のバグであるZ-fightingという現象を物質的な世界にそのまま持ち込むプロジェクト(ウェブサイトはこちら)

Nerholで問いかけた視覚性と物質性の関係

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ーこのトークイベントのタイトル『ビジュアリティ/マテリアリティ』は田中さんが提案されたと聞いたのですが、どのような意味が含まれているのでしょうか?

田中:自分のやっていることの興味がまさに「ビジュアリティ(視覚性)」と「マテリアリティ(物質性)」の2つなんです。そして、そこにはつねに紙媒体への関心があります。

飯田竜太(※)と一緒に活動しているアートデュオ「Nerhol」では、写真を素材に作品を発表していますが、連続撮影したポートレート写真を時系列に重ねて、紙の厚みを持った彫刻的なマテリアルをつくっている。「人物が写った写真=紙」を視覚的な支持体として扱うと同時に、「物質」としてもとらえています。

※1981年静岡県生まれ。彫刻家。2014年東京藝術大学大学院先端芸術表現科修了

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ATLAS No. 22, 2014

ー田中さんの活動が広く知られるようになったのも、この活動からですね。

田中:『Misunderstanding Focus』という作品では200枚ぐらいの連続写真を使っていて、まず被写体になる人に「動かないでくださいね」と伝えて撮影を始めます。フラッシュをあてながら3分ぐらい写真を撮り続けるので、相手にも負荷がかかり、どうしても無意識に動いてしまう。

すると、その人の癖みたいなものが写真に少しずつ現れて、それが写真を積み重ねる作品の構造にも反映されていくんです。それが建築で言うところの「コンタ模型」みたいな形状になっていく。

ー等高線に沿って造形する、山の地形の表現に使われたりする模型ですね。

田中:そうやってつくっていくと、写真とは印象の異なる肖像ができあがります。被写体本人を知らない人が、視覚的な認知のみに頼って顔をどうとらえるのか、みたいなことに興味があり、作品を通じて問いを投げかけてみたかったんです。

New Balanceの端材を和紙にすき込ませてアップサイクル

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ーNew Balanceの代表作「574」に関わるプロジェクトも手がけていますね。ここでは、スニーカー生産時に出るレザーの端材や廃材を和紙にすき込ませているとか。

田中:デザイナーとして紙への責任をどうやって持つかというところと、スニーカーへの関心からスタートしたプロジェクトです。New Balanceの生産過程で驚いたのが、スニーカーのサイズバリエーション。靴って基本的に0.5センチ単位でサイズが変わりますが、New Balanceはさらに豊富で、シューズボックスの大きさもそれに合わせて変えているんです。

そもそもスニーカーの耐用年数自体も決して長くないので、そうすると結果的に端材が余ってしまう。それをこの先も続けていくのはちょっとどうかな……とも思い、立ち上げたのが、廃棄している端材から新しい一足をつくるというプロジェクト。廃材を引き取って、細かく粉砕して繊維状に戻し、和紙にすき込ませて各パーツをつくり直したりしています。

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「TDS 574」。レザーの端材を内包する和紙を使ってスニーカーとシューズボックスを制作 / Untitled (Japanese Shoebox Ⅱ #126), 2021 ©︎ GottinghamImage courtesy of Centre and Studio Xxingham

ー実物もかっこいいですよね。どのようにして販売しているのですか?

田中:まず廃材の量からつくれそうな数を計算し、欲しい方を呼びかけています。さらにそのあと、購入希望者の足のサイズを聞いて制作するので余剰品は出ないのですが、手間を考えると商売は難しい。でも、端材をすくい上げるなかで、紙を積極的に使っていくのは面白いなと思っています。

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紙を立体的にとらえると、Illustratorではデザインしきれない?

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ー今日はこれまでの田中さんのインタビューを読んだうえでお話をうかがっていますが、非常に印象的だったのが「紙を立体としてとらえる。平面としてとらえない」という考えでした。

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2021年に制作された書籍『Tokyo TDC Vol.32』は、紙で立体をつくるようなアプローチで特徴的です。おそらく田中さんがおっしゃる立体というのは、厚みのことですよね?

田中:そうですね。「東京タイプディレクターズクラブ(TDC)」というタイポグラフィの協会がありまして、そこで毎年行なわれているコンペの受賞作をまとめた年間本のデザインを担当しました。

2021年はいろんなタイミングが重なってリニューアルすることになったんです。まずサイズを小さくして、ページ数を増やして厚みを持たせつつ、なおかつ前よりも遥かに軽い紙を使って。

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田中:紙の厚みを使ってタイポグラフィを立体的に扱っています。小口(書物の背表紙を除いた側面)への印刷はデジタル上では不可能な表現。装丁があるからこそ生まれる部分かなと思います。

紙を立体的にとらえていこうとすると文字も立体的に考えないといけないので、AdobeのIllustratorの画面上ではつくりきれないんですよね。なので実際に箱状のモックアップをつくって、そこに着色して、どのぐらいの太さにすると文字が見えるかなどを検証しました。

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「日本のグラフィック業界は紙の物質性を意識している」

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ー田中さんは武蔵野美術大学の空間演出デザイン科のご出身ですね。それもあって、ビジュアルよりも立体的なアプローチを志向しているのかなと。だからこそ、逆にグラフィックデザインにこだわる理由が知りたくなります。

田中:グラフィックが好きなんです。「グラフィック業界にいるために、自分は紙を扱っているのだ」という言い方すらできると思います。

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グラフィックデザインって日本語で言うと「視覚伝達」ですから、何かしら伝えたい要素があってそれを視覚的なアプローチで、誰かに向けて広義に広げていく役目があります。その際に、視覚的な情報をメディアとしての紙に定着させていくことが、産業的な要素も相まってずっと続いてきたわけですよね。

でも、それがデジタルに移行されつつあるのが現在の状況だと思うんです。そうなると、グラフィックデザイナーの活動は、視覚情報を伝えるための「平面」を操作する作業がメインになっていく。

ーネット上であれば、物質よりも視覚情報の操作に特化していきますね。

田中:そうですね。2000年以前は、紙の上に定着させるイメージ上の「膜」をデザインするのが当たり前としてされてきたけれど、いまはそれだけではない。

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Nerholの作品のように、紙をスタックしていけば厚みが生じて物質であることを体現できますが、しかしわれわれグラフィックデザイナーが扱うイメージというのは、視覚情報ありきなんです。ただネットの台頭によって、紙媒体を前提として情報を伝えるための技術も、圧倒的にデジタルで扱われるようになっていますが。

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ー自由に情報を操作可能という意味では、圧倒的にネットが強いですね。

田中:強いし、いくらでも変化することができて、物質的なお金もかからない。そういうふうにすべての条件・制約においてネットが物質を上回っている状態が生まれたときに、これまで何となくその性質を透明化されてきた紙っていう媒体をどうとらえていけばいいか? みたいな話が同時に浮上してくる。

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でも、日本の場合、世界的に考えると紙の需要がまだあるんですよ。いまでも印刷できる紙が2万種類ぐらい担保されていて、そんな国はほかにありません。世界的に紙が消滅するなかで、日本のグラフィック業界はそこを強く意識していると思います。

ーそれで作品では触覚とグラフィックがかけ合わされているんですね。

田中:感覚的にはそうです。技術面にもそれは反映されていますね。ですから旧態依然としたポスターのデザインに僕はまったく向いてないんですよ。だからこそ、自分の空間的、立体的な関心を拡張させて公共施設のサイン計画なども手がけているのだと思います。

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田中が担当した東京都写真美術館のVI(ビジュアル・アイデンティティ)計画。田中は現在、慶應義塾大学大学院で修士1年として建築を学び、紙の立体的な表現やマテリアルの側面についても探っている

デジタル空間と現実空間を往還する「DoubleObject」の試み

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ー最後にデジタルへの関心もお聞きしたいなと思います。紙に対してデジタルは速いメディアですし、それに対するカウンター的なプロジェクトを田中さんは多く手がけてきたとも思います。

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田中:デジタルに対してはむしろ憧れを感じています。自分ができることはそれとは違うけれど、物質性をフィジカルに近づけたときにネット上でしかできない方法がいっぱいあると思っています。

そのうえで、情報を伝えるメディアとしてネットが発達していったとしても、本がなくなることもないはずで。ただ新聞紙のような情報の塊はしんどいとも思います。

ー社会に付随した「速さ」が求められますからね。

田中:本っていうものを考えていったときに、そこに付随している役割や人間の歴史を紐解いていくといまだ語られていないことはたくさんあると感じます。そこにあるのはアーカイブとしての価値なのか。物質として所有することの安心感なのか。それとも五感を使うということが、人間にとってやはり必然性があるのか。

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それらをとらえるためには、やはりデジタルのことも知らないとダメだし、それぞれの利点は何なのかを追究しないと批評もできない。

ーNerholのポートレートのシリーズが証明写真の歴史や形式に対する批評を起点としながら、まずネット上で発表することで媒体、情報としての性質を扱っていたように、単純なカウンターではなくて批評的なアプローチを取ることが必要だと思います。

田中:そう思います。あと、今回の「DoubleObject」のプロジェクトに関して言えば、ワークショップ(※)で生まれた写真が、無理矢理にデジタル上で物質化されていきますよね。

ーそうですね。立体的な手触りというか感触をともなって。

※ワークショップでは、写真が手触り感を持ち、物質化する過程を体験した。参加者は大学内で自由に写真を撮影し、それをDoubleObjectのサイトに2枚アップロード。すると、3D空間特有のバグであるZ-fightingを起こしながら、それぞれの写真がテクスチャとして、四面体に貼りつけられた状態で現れていく

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田中:写真がCGとしての立体性を帯びたとき、平面にあった「写真」とはまったく違う素材的なもの、マテリアリティが付随し、存在してくる。でも、それは明らかに物質として存在しているものではなくて、あくまで写真から切り抜かれた物質性であって。それをさらに物に置き換えることができたなら、それが物質のようにあらためて顕在化し始めるわけじゃないですか。

そのときの「物質」って何だろうっていうのはすごく興味があります。物質としても成立し得るところまでとことんクオリティを上げていくという近代的なやり方と、デジタル上だからこそ得られる物質性みたいなものがうまくつながっていけるようなことができると、未来における物質のあり方も変わるかもしれません。

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ー「Double Object」はまさにテストであって、まだよくわからない部分を実際に試していて、そこから何かを掴もうとしている感覚があります。

田中:現在10代や20代の子からすれば、現在デジタル上にあるものでは物質性を感じ取れない人もいると思うんですよ。でも、僕自身はそもそもデジタル上にあるものを物質としてとらえることは可能だと思っています。ただし、そのためには何らかの定義が必要になるはずで、その前段階を模索する機会として、このプロジェクトは面白いと思っています。

(構成:島貫泰介)