建築家・重松健×アート企画プロデューサー・杉山央が語る、創造的な都市の景観(後編)

建築家・重松健×アート企画プロデューサー・杉山央が語る、創造的な都市の景観(後編)

メタバースやミラーワールドといったデジタル空間でのコミュニケーションが一般化する時代において、都市はどのような役割を担っていくのか。

前編に引き続き、建築家・重松健、アート企画プロデューサー・杉山央のお二人に、これからの都市の可能性と向かうべき方向性について話を聞いた。(後編)

建築家・重松健×アート企画プロデューサー・杉山央が語る、創造的な都市の景観(後編)

グラデーションのあるつながりで変わる社会

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ー暮らしや歴史と都市との関係に、さらにデジタルテクノロジーが結びついて、新たな視野が開いているのも現代の特徴であるように思います。お二人はテクノロジーに関してどのような考えをお持ちでしょうか?

杉山:2年ほど前、お台場にあったヴィーナスフォート(2022年3月閉館)を使って、ARやVR技術に関わるプロジェクトを行ないました。館内を高精細な3Dスキャンで立体化してVR空間でも仮想体験できるようにしつつ、実際の館内ではARグラスをお客さまに貸し出しして、店舗情報などに加えてVR上にいるネットからアクセスしているお客さまのアバターを見えるようにしたんです。現実の空間にはいない人がVR上で話しかけてくると、実際に隣から話しかけられたような感覚になるのですが、僕自身「これは未来だな」と思いました。将来この技術が発達したら、離れた場所にいるおじいちゃんとお孫さんが一緒に手をつないで歩けるようなコミュニケーションも可能になるでしょう。

都市がコミュニケーションを促進させる装置だとすれば、その一角を支えるもの、助けるものとしてデジタル技術はもっと研究していかなければなりません。

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アート企画プロデューサー・杉山央

ー都市計画のなかにデジタルやデバイスの研究も関わってくるということですね。

杉山:もう一つ強調したいのが、デジタルであれば街づくりに参加するためのハードルを下げ、関与の可能性を一気に広げられることです。実際の都市空間では、建築家といった専門性をもつ限られた人以外には、具体的に街づくりに参加することが難しい。けれども、例えば自分の考えた作品をデジタル上で街に置いて表現したりとか、新たなサービスをつくってほかの人たちの楽しみや暮らしに関わっていくこともできるでしょう。

重松:VRを使った実験は我々も行なっていて、ちょっとした会議に用いたりすることがあります。とはいえ、僕個人は不特定多数が参加するVR空間で全然知らない人から突然話しかけられたら、ちょっと怖くなって思わずログアウトしちゃったんですけれど(苦笑)。でも、ドキドキするようなリアリティはたしかにあって、その重要度は今後さらに増していくと感じました。

僕らが進めようとしている都市計画は、実地の実験がかなり難しい。高速道路を人に解放してみたらどんな体験が得られるかを確かめるには、お金も時間も許認可もほぼ無限にかかります。でもメタバース上に作られたバーチャル空間であれば、その実験も容易です。

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建築家・重松健

ーデジタルツインが注目されているのも、都市や環境を舞台にしたシミュレーションが簡単にできるからですね。

重松:まだまだデジタルテクノロジーは発展途上で、普通の暮らしと身近ではないですが、先ほど杉山さんがおっしゃられたように、いろんな人たちがアートを介して自己表現する可能性を広げるものであるのは間違いありません。都市にとってアートは絶対に大切です。僕らはそれを「Center of Expression」っていう言葉で表現しています。みんなが自分の好奇心に正直に表現できることが、一番楽しい。

杉山:本当にそう思います。

重松:好奇心の自由な表現のための社会関与の方法として有効な方法の一つとして、DAO(Decentralized Autonomous Organization)、つまり分散型自律組織が考えられます。

代表的な例としてよく語られるのが、新潟の山古志村です。人口800人ぐらいの限界集落で消滅の危機にあったのですが、錦鯉発祥の地という個性を生かして、錦鯉のNFTをつくって世界中に販売しました。購入した人はNFTの獲得と合わせて、そこで集まった資金を使って村をどのように活性化させていくかを決める投票権を得ることができる。つまり、NFT購入者はデジタル村民として住民票を持ち、村の運営に関わることができるんです。昨日まで800人だった村にお金が集まり、人口が2,000人弱に増えていろんなことができるようになったそうです。

山古志村でのDAOを仕掛けたのは林篤志さんという方ですが、林さんの話で印象的だったのが「まちづくりをやりたくても、これまでだったら『命かける勇気があるか?』と問われる感じがあった」という言葉。

ー例えば「まずは移住して厳しい冬を経験してみなさい!」みたいなプレッシャーを受ける感じは、地域に深く関わろうとするとしばしばありますよね。

重松:みんながそんなテンションにはなれないじゃないですか。でも、ちょっとした手伝い、例えばゴミ拾いだったり情報発信の手伝いだったらできる人はたくさんいて、いろんな関わり方のグラデーションに応えるものとしてDAOを使うのは非常に面白いと思いました。

何かを良くしたいという思いをつないでいくのが街づくりの根底ですから、Web3の仕組みを使って、新しい巻き込み型参加の仕方ができるかもしれない。

杉山:参加することで自分事になりますからね。単なる消費者に留まらずに。

重松:物理的な空間ではある程度の高密度でギュッと関われるけれど、参加の仕方としては開かれていて広域から参加できる。たまにはみんなで実際の場所に集まると、それがピークの一大イベントになったりして、ヨーロッパの人は山古志村に足を運ぶことを「KISEI(帰省)」と呼んでいるそうですね(笑)。

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ー里帰りできる第二の故郷に、山古志村がなっているんですね。

重松:そういった関わり方の収縮性というのは、もっと大きなダイナミズムにつながる感じがします。そして、それは東京都心でも起きていいと思うんですよね。銀座、京橋、日本橋などで進行中のプロジェクトでもDAOのアイデアは生かそうとしています。銀座のファンは国内外にたくさんいますから、関係性のネットワークはもっと広がっていくはず。

「かっこよさ」の定義が変わった時代のクリエイティブ

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杉山:デジタルによって大きく変わったことに、コンテンツ受容のスタイルの変化があります。これまでは映画や小説のように線的に連なるシークエンスがあり、完成したフィクションを楽しむものが主軸でした。しかし現在は、第三者の物語を自分ごととして体験するような、つまり自分が物語の主人公になって行動するようなものが人気を集めています。そうすると都市自体が物語の一部になり、ナラティブな体験がどんどん広がっていくと思うんですね。そういった体験のレイヤーが集積すればするほど、都市の魅力やコミュニティが加速的に形成されていく。

僕は2025年の大阪万国博覧会で、テーマ事業館の計画統括ディレクターを担当しているのですが、プロデューサーの映画監督・河瀨直美さんを中心に、アーティストやクリエーターとともに、どんなパビリオンをつくろうかとずっと議論してきました。

一般的に万博のような大きな晴れ舞台ではピカピカの建築を新設しますが、今回は、奈良の十津川村、京都の福知山にある廃校となった校舎に新たな機能を加えるかたちで万博会場へ移築することにしたんです。古くから存在し多くの記憶が残っている建物を活用し、この二つを合体させたパビリオンになるんです。

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重松:面白いですね!

杉山 なぜそんなことをやろうと思ったかというと、環境問題やサステナブルの視点から、どのようなことができるかを考えました。そのヒントに若者世代の感覚の変化があります。

ニューヨークでは年に一度『METガラ』という催しがありますね。メトロポリタン美術館にセレブが集まって、毎年のテーマにそったきらびやかな衣装を着るという。ところが2022年の『METガラ』は「サステナブル」を意識し、古着としてクラシックなドレスをみんな着たんです。マリリン・モンローの1962年のドレスをまとったキム・カーダシアンがその年の象徴的な存在でしたが、つまりかっこよさの定義が変わって、新しいものを消費するのではなく、記憶を持ったものを身につける、自分がそれを次の世代に引き継ぐことがかっこいい捉えるサイクルに時代が入っていったんです。まさにこれはWeb3的な考え方。分散型管理のシステムにずっと来歴が残っていて、そのサイクルのなかに自分がいることがかっこいいと考える動向の象徴とも言えると思います。

伝播性の強いファッションの領域でそういったトレンドの変化が起きているにもかかわらず、万博というたった6か月間のイベントのためにわざわざ新しいものをつくって、終わったら壊してしまうのは悲しい。ですから、単に移築するだけではなくて、例えば袖だけを切ってほかの素材をつくったりカスタムする「アップサイクル」のシステムを持ち込もうと思ったんです。

ー二つの車を一台に改造するニコイチのようなアイデアですね。

杉山 たしかに(笑)。そして会期が終わったらそのパビリオンをまた別の場所に移築して、そのあとも活用していければ良いと思っています。

重松:そのパビリオンのなかではどのような試みをするのですか?

杉山:そこもチャレンジングで、高度なテクノロジーを見本市的に披露するのが一般的ですが、あえて「人と人が対話する」ということだけをやります。画面越しに対話するのですが、誰と対話するかはそのときにならないとわからない。その日初めて会う人との「初めまして」から対話が始まり、最後は「ありがとう。またね」で終わる。それだけを会期中何千回とやります。チームのあいだでは「対話シアター」と呼んでいます。

重松:やはり問題意識が近いところにあるんですね。僕も少し関わっているSHARED STUDIOSというスタートアップがニューヨークにあるのですが、かれらは世界のさまざまな場所に20フィートのコンテナを運んで、コンテナ内の突き当たりに等身大のテレビ電話のような装置を設置し、例えばアフガニスタンやミャンマーといった紛争や抑圧に瀕している土地の人々と、ニューヨークのタイムズスクエアにやって来た人々がコンテナの中央で出会って対話するような体験を演出しています。

メディアの偏った報道によって偏見だらけの国々の人々と対話することによって、人々の本質を理解しあい交流を深めることを目的に、例えばコンテナのなかにテーブルを置いて、あたかも遠隔の地と連続したロングテーブルがあるかのように演出し、同じ空間で食事をしながら会話しているかのような環境を創出しています。

杉山:その発想に強く共感します。いま世の中で起こっている問題は、戦争であったり、地域格差であったり、コロナの問題であったりと、さまざまな分断に関わっています。アーティスティックな方法でコミュニケーションすることが、少しでもその分断を解消する力になるとしたら、そこには時代的な意義があると感じます。

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