デザインリサーチャー・清水淳子が選ぶ、10年後の未来を予測するためのインフォメーションデザイン5選

連載「未来を予測するための道標」は、各界の識者に近未来を想像するための5つの作品やプロジェクトを紹介していただき、これからを歩むための手がかりを探すコラム企画。
今回、執筆いただいたのは多摩美術大学情報デザイン学科の専任講師である、デザインリサーチャーの清水淳子さん。会議などで飛び交う議論の内容を、文字や絵、図を使ってリアルタイムに可視化する「グラフィックレコーディング」を研究・実践している。そんな清水さんに、10年後の未来を予測するためのインフォメーションデザインを5つ挙げていただいた。
グルグルと目まぐるしく変化するなかで、10年後の未来を予測することは、なかなか難しい。というか不可能かもしれない。それでも未来を予測していこうと、日々さまざまな場所で未来を予想するための試行錯誤が行なわれている。何が新しくて、何が古いのか? そもそも、10年後の未来を考えるために、必要な情報とは一体なんなんだろうか?
作家マーク・トウェインは「歴史は同じことを繰り返さないが、韻を踏む」という言葉を残したと言われている。ただ、名言というのは実際のところ、本人が言ったかどうか定かではない場合が多い。この言葉も、長年かけて複数の人物の言葉が、さまざまなメディアを通して混ざり合わさり、最終的にマーク・トウェインが語ったとされた言葉に変化したようである。
話は逸れたが、この言葉はじつに示唆に富んだ表現である。過去の歴史が、日付や登場人物そのまま同じように再放送されることは決してあり得ない。しかし何かしらのパターンはあり、少しズレたかたちでリズムを刻むことは十分あり得るだろう。
10年後の未来を予測するために、今日は、SNSに溢れる最新のプロジェクトや技術をタイムラインで追い続ける親指を止めてみよう。そして、これから繰り返されるリズムが隠されているかもしれないインフォメーションデザインをいくつかご紹介しよう。
国立科学博物館『3万年前の航海 徹底再現プロジェクト』(2016年〜2019年)
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『3万年前の航海 徹底再現プロジェクト』のドキュメンタリー映画『スギメ』予告編
もし「いまからニューヨークに行ってください」と言われたら、あなたはどうするだろうか? ネットを開き、航空券やホテルを予約して、荷造りをして、成田空港まで行けば、ニューヨークに着くだろう。これがいまの時代のスタンダードな海外への移動だが、もしも自分の体ひとつだったら、そもそも空港まで歩く体力もなく、飛行機をつくることもできない。自分の1人の体というのは、本当に無力なのだと感じてゾッとする。
そんなふうに私は自分1人の体でできることを思い描くことが趣味のひとつなのだが、その想像に役立つプロジェクトがある。国立科学博物館が行なった『3万年前の航海 徹底再現プロジェクト』だ。これは日本列島に人類がどのように渡ってきたのかを解明するため、旧石器時代の技術でつくった舟で台湾から与那国島に渡った航海を検証するもの。
3万数千年前の大航海を再現することで、大昔の人々が持つ叡智にアクセスしようとしているのが最高におもしろい。体を使って、過去と交信する試みにも感じる。飛行機や車で移動してしまう自分から、テクノロジーを剥がして、本当の体ひとつで移動するという想像の時間。一見無駄に見えるかもしれないが、そういった時間が、新しいアイデアを育てるのだろう。
日本経済新聞社『日本を変えた新幹線 ビジュアルで振り返る半世紀』(2015年)
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『日本を変えた新幹線 ビジュアルで振り返る半世紀』より「延びる路線縮んだ列島 『時間地図』で見る高速化の変遷」(https://www.nikkei.com/edit/interactive/rd/50shinkansen/chapter1.html)
次に、東京から京都までの移動について考えてみよう。現代の新幹線なら2時間半で行けるが、江戸時代には徒歩移動で2週間ほどかかったと言われている。ちなみに、プロである飛脚がリレー形式で全力で走ると丸2日。料金は現在の貨幣価値に換算すると、100万円以上必要だったらしい。科学技術の最前線を追う前に、人間の体ひとつでの全力を思い出してみると、人々は何に価値を感じてきたかが見えるように思う。
テクノロジーによって、距離に対する恐れや、移動速度に対する価値観はどんどん変化していくことは、いつの時代でも変わらない。ただ、町と町の距離は急に変わることはないので、我々の内面に起きる変化はなかなか見えにくいものだ。ここで、移動時間の減少を地図で表したインフォメーションデザインをご紹介したい。
日本経済新聞社が動画制作で参加し、東京大学の清水英範教授と東北大学の井上亮准教授が、国土交通省のデータなどを活用して、1964年に始まった新幹線の歴史をビジュアライズしたプロジェクトである。日本のかたちは変わっていなくても、距離に対する感覚の変化を目の当たりにすることができる。
杉浦康平『時間のヒダ、空間のシワ…[時間地図]の試み: 杉浦康平のダイアグラム・コレクション』(2014年)
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時間と距離の関係を描いたインフォメーションデザインの元祖として忘れてはいけないのが、グラフィックデザイナーの杉浦康平が作成した時間地図である。
杉浦は、新幹線の開通によって都市と都市が短い時間で結ばれていく一方、その間にある地域は取り残されて、距離と時間が歪んでいくことに気がつき、地図としてビジュアライズした。
コンピューターでデザインすることが一般的でない時代だったが、その観察眼とコンセプトの表現力は、いまも色褪せない。高度経済成長の流れのなかで、スピード感ある科学技術を賛美するようにも見えるが、歪みを表現からは効率化を求める社会への皮肉もあっただろう。
Yahoo! JAPAN「到達所要時間マップ」(2015年)
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Yahoo! JAPANが作成した「リニアは日本をどれだけ狭くするのか?」という問いも、時間地図の文脈の先に生まれたプロジェクトだろう。平日、朝7時の東京駅を出発地として、Yahoo!地図のルート探索機能で、日本全国の約19万件の場所までの移動を調べたデータを活用している。コンピューターの力無しには不可能な作業量と正確なビジュアルに圧倒される。
移動に対して、距離と時間という観点だけでもこれだけのインフォメーションデザインの表現がある。ただ、まったく別々という訳ではなく、何かしら根源的なテーマでつながっていて、普遍的なテーマが隠されているように思うのだ。
『EPIC2014』(2004年)
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最後に、いまではお馴染みのYouTubeもまだ創業されていなかった2004年の映像作品『EPIC2014』を紹介して終わりにしよう。
この映像の始めでは、1980年代から事実に照らし合わせたネットメディアの歴史を淡々と語っていくが、2004年を超えると、空想が混ざりながらストーリーが展開していく。
とくに衝撃的なのは、GoogleとAmazonが合併して、Googlezonという会社になるという展開だ。膨大なデータを管理するGooglezonが展開する情報発信ビジネスに、世界中のユーザーたちが参加することで、本来のメディアの信頼性が揺らいでいくというストーリー。悪ふざけの空想だと思いたいが、2023年の現代から見ると、フェイクニュースやフィルターバブルがすでに日常になっている。
GAFAという言葉が一般的でなかった2004年に、巨大な力を持っていた会社から、現実に近い未来予想を行なった製作者たちの洞察力には拍手である。ただ、これほどまでに明確に未来を描いたストーリーを事前に知ったとしても、完全な未来をつくることは不可能なのだと感じる。未来を予測することはできても、結局のところ、未来に進む際に出会うであろう混乱は避けることはできないのかもしれない。
それでも、過去に起きた変化を歴史として覗き込めること、そこから未来を想像する言葉を持っていることは、いまを生きる私たちにとって大きな特権であり希望である。SNSのタイムラインを追い続けることに疲れたならば、「歴史は同じことを繰り返さないが、韻を踏む」、この言葉を思い出して、歴史という壮大なタイムラインに視線を移してみよう。