バーチャルとフィジカルの融合から生まれるほころび──砂木『GEMINI EXHIBITION:デバッグの情景』アーティストインタビュー03

バーチャルとフィジカルの融合から生まれるほころび──砂木『GEMINI EXHIBITION:デバッグの情景』アーティストインタビュー03

6名の現代アーティストが「GEMINI Laboratory(以下、GEMINI)」の世界観を表現した展示『GEMINI EXHIBITION:デバッグの情景』が2022年10月14日(金)〜25日(火)まで、東京のANB Tokyoで開催される。情報と物質を切り口にデジタルとフィジカルの横断をテーマとし作品制作を行っている砂木※は、バーチャルとフィジカルの空間の融合の際に生まれるほころびを描いた作品『二人がけのスツール』を出展。砂木が考えるデジタル空間で感じるリアリティについて、砂木のメンバー、砂山太一に話しを聞いた。

※株式会社砂木:建築家の木内俊克とデザイナー/プログラマの砂山太一が主宰する建築・美術を軸に企画から設計・制作をおこなう共同体。本作品は砂木のメンバー塩崎拓馬と砂山太一によって制作された。

バーチャルとフィジカルの融合から生まれるほころび──砂木『GEMINI EXHIBITION:デバッグの情景』アーティストインタビュー03

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砂木「DoubleSeatStool(二人がけのスツール) – concept image」2022 image : SUNAKI Inc.

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──砂山さんと木内俊克さんが共同で主宰している砂木は、建築からインテリアデザイン、キュレーション、コンセプトデザインまで幅広く手がけられています。第17回ヴェネツィア・ビエンナーレ国際建築展日本館展示の参加作家としてのインスタレーション/デジタルデータベース構築や東京アートブックフェアのオンライン空間設計なども手がけていらっしゃいますよね。砂山さんご自身は、どのようなバックグラウンドをおもちなのでしょうか?

ぼく自身はもともと現代美術に興味があって、大学では彫刻科でコンセプチュアルアートやインスタレーション作品制作の勉強をしていました。そのなかで、60年代から80年代のポストモダニズム期における実験的な建築やラディカルデザイン、オランダのコンセプチュアルデザインなど、批評的な姿勢をもつ建築・デザインの分野について興味を持ちはじめました。当時は2000年代前半で、そのようなポストモダン期に育まれた概念が、情報技術と掛け合わさる流れが生まれていました。ちょうどそのころ、森美術館で開催されていた「アーキラボ:建築・都市・アートの新たな実験展 1950-2005」をきっかけに情報技術と批評性をかけ合わせた多くの新しいアプローチに出会いました。アーキラボは「ユートピアと実験」をテーマにしている現代建築の国際会議で、森美術館の巡回展ではそこで収集された模型などが展示されていました。これをきっかけに、建築設計事務所を経営しながら、建築や都市のスケールでコンセプチュアルで実験的な取り組みをしている人を見つけて、自分もこういう人間になろうと考えました。

──砂山さんは大学でもフランスに留学されていますよね。

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はい。大学院はパリに留学して、当時アーキグラムのピーター・クックがスタジオを持っていた学校で本格的に実験建築とプログラミングの勉強をします。その後、アーキラボ展に出ていた建築事務所で働いたり、コンピュータープログラミングを使って構造物を計画する仕事をするようになりました。メディアアートのようにコンピューターを最終的な表現の媒体として使うのではなく、プログラミングを介しコンピューターと人間の対話を通じて、建築物や構造体の設計をおこなっていました。ジェネラティブアートの手法を実際の立体物の設計・制作に用いる感じです。当時、砂木のパートナーである木内さんも実験的なプロジェクトを多く発表しているR&Sie(n)という設計事務所のアソシエイツパートナーをしていて、そうしたつながりもあって2010年ごろから一緒に活動するようになりました。

──今回の「GEMINI Laboratory Exhibition」はミラーワールドがお題でしたが、ミラーワールドというもの自体をどうとらえているのか教えてください。

2000年代から情報技術を介して建築領域で活動してきたなかで、新しい技術が注目をあつめ、多くのクリエイターが先進的な実験を繰り返し、それが社会を大きく変えていく様子を目にしてきました。特に、社会にとって新しい技術活用が描き出すビジョンは、イノベーションの原動力として取り扱われ、企業にとってはブランドイメージをあげたり、投資を募るための主要なツールとなっていると思います。新たな表現の可能性や社会的な課題解決のための情報技術の活用を、わかりやすく人に伝えるために様々にパッケージされた言葉は、様々に都度語呂を変えてきました。それはミラーワールドという言葉に関しても同じだと考えています。つまり、ミラーワールドが取り立てて、なにか特異なものとは思っていなくて、人間が印刷技術や計算技術を発展させてきた歴史の流れの一つとして捉えています。なかでもミラーワールドは民主性という言葉でよく語られます。現実世界には否応なく人間の姿形や身体能力、経済力、生まれ、人種、国籍によるヒエラルキーがあるじゃないですか。それに対して、ミラーワールドはそうした物理的ともいえる力の構造が及びにくい、フラットな民主的な世界としてとらえられているのかなと感じています。ただとても正直に言うと、ぼく自身は、否応なく存在している力の構造の中で、日々四苦八苦しながら活動しているので、ミラーワールドの民主的な世界にユートピア的な羨望は抱くものの、少し冷めた目で見ています。SNSが民主的な世界を目指してつくられていたとしても、現状、ある部分において、大衆の扇動や、経済力や権力を集中させる装置として機能している点を見ても、ミラーワールドに関しては冷静にいたいなとおもいます。

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──展示に参加されているほかのアーティストの方々とお話していると、そうした冷静な視点が作品にも表れているように感じます。今回展示される作品について教えてください。

3DCGのレンダリングで生まれる「Zファイティング」をテーマにしています。Zファイティングは同じ場所に2つのポリゴンがあるとき、その2つが混ざって表示されてしまう現象です。これと同じ見え方を、現実空間にあるスツールというかたちで表現しようとしているんです。

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砂木「DoubleSeatStool(二人がけのスツール) – concept image」2022 image : SUNAKI Inc.

──作品の着想はどこから来ているのでしょうか?

もともと今回プロジェクトの砂木のメンバーである塩崎拓馬さんと工藤外四さんと川久保美桜さんと話し合っていたのは、我々がローポリ感のある3Dモデルの原風景に感じる胸をつかむような感情・感受性ってなんなんだろうということでした。例えば、僕の世代でいうとファミコンにカセットを半挿しにしてゲームにわざとバグを起こして遊んだときに感じる、世界の真相や裏側を見ているときの気持ちよさのような感覚、あるいはゲームのなかでたまたま出会った、1回しか起こりえない再現性のないバグに感じる質感などです。本来それらはさわれないものだけど、なにかそういった半分デジタル空間のなかで生きている私達が感じている「さわれない世界の手触り」のようなものがあるとおもいます。今回のプロジェクトではそれを捉えることを試みています。

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砂木「DoubleSeatStool(二人がけのスツール) – concept image」2022 image : SUNAKI Inc.

そこで、メンバーにデジタル空間で自分たちが感じる手触りを集めてもらったんです。そのなかで、今回の作品のいわゆる3Dモデルが二つ重なったときにできるZファイティングをテーマに決めました。情報工学的に見ると、本来バグは排除されべきものですよね。そうしたバグにゲーム内で出会ったとき、わたしたちはそれを変な景色として覚えていて、その記憶自体がゲーム空間内での情緒になっています。今回の作品では、そうした感覚を捉えようとしているんです。

──ふたつの物質が混ざりあったようなスツールはどのようにして制作しているのですか?

3Dソフト上でモデリングをし、Zファイティングをきれいに引き起こす表示を見つけ、そのパターンをフォトショップで拾ってテクスチャをつくりました。そのテクスチャーを、凸版印刷デザイン企画制作部の宮田森平さんにご協力いただき合板に直接印刷して、テクスチャ付きの合板を特注家具制作を得意としているニュウファニチャーワークスさんに加工・組み立てをお願いしています。家具レベルのクオリティで制作してもらっているので、実際にスツールとして長く使えます。

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砂木「DoubleSeatStool(二人がけのスツール) – zfighting image」2022 image : SUNAKI Inc.

実は、スツールのテクスチャーは凸版印刷がもっている大理石や木といった物理的な素材をベースにしています。凸版さんはそのような元素材を「原稿」と呼んでいて、印刷の会社から見ると物質はあくまでも情報のソースなのだなと、あらためて印刷の世界の面白さを感じた言葉です。今回のプロジェクトでは、その「原稿」をデジタル撮影させてもらって、3Dモデルに貼り付けています。「原稿」には著作権保護がかかっていて、アーティストもそのまま使うことはできないということで、凸版印刷がもう使わない「原稿」を拾って撮影するというちょっと回りくどい作り方をしています。会場では3Dソフト上で起きているZファイティングの映像と物理的なスツール、そしてベースとなっている原稿を3つ合わせて展示しました。

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砂木「DoubleSeatStool(二人がけのスツール) – exhibition view」2022 photo : SUNAKI Inc.

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砂木「DoubleSeatStool(二人がけのスツール) – exhibition view」2022 photo : SUNAKI Inc.

──現実世界とバーチャル世界の違いが際立つ作品になっているのですね。

現実空間ではふたつのものが物理的に重なることは起こりません。物理的に起こりえないことが、3D空間では容易におきているのですが、それを私達はデジタル世界のリアリティとして受け入れています。現実世界とバーチャル世界は違うものとして扱われることが多いものの、私達の身体感覚は両方をスムーズにつなぎ合わせていると思います。そういう新たな身体感覚を今回の作品を介して感じてもらいたいと思いました。

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砂木「DoubleSeatStool(二人がけのスツール)」2022 photo : SUNAKI Inc.

──それはある種、ミラーワールドを批判的に見ているということになるのでしょうか?

そうですね。単純に疑いを持たずにミラーワールドを素晴らしいものと考えるのではなく、ヴァーチャル世界も現実世界と同様にいろんな問題や限界や課題があるということと、同時にそういう欠落こそが、私達の感覚や人と人のコミュニケーションにとって思慮深い奥行きを与えているのだという視点を忘れずに、両方の世界をまたぐ創作に関わっていきたいとおもいます。

─聴き手:矢代真也

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砂木「DoubleSeatStool(二人がけのスツール) – exhibition view」2022 photo : SUNAKI Inc.