メタバースを経済活動の場に。クリエイター主体のあり方をセカンドライフ研究の第一人者に聞く

2000年代半ばにブームとなり、現在まで続く仮想空間サービス「セカンドライフ」は、現在注目を集めるメタバースの先駆けとも言える存在だ。日本におけるセカンドライフ研究の第一人者として知られるデジタルハリウッド大学教授の三淵啓自氏は、クリエイター主導で大規模な経済圏が生まれたことにセカンドライフの革新性を見出している。メタバースが持続していくには、「空間内での経済活動が不可欠」と語る三淵氏に、セカンドライフが独自の経済圏をつくり得た理由や、そこから学べるこれからのメタバースの可能性、企業が持つべき「ユーザー主体」の姿勢について話を聞いた。
メタバースの持続には、ユーザーが自由に遊べるだけでは不十分
─今回の取材のために、三淵先生が2007年に刊行された『セカンドライフの歩き方』を拝読しました。この時点ですでに「メタバース」という概念が登場しているんですね。
三淵:「メタバース」という言葉自体は1992年刊行のSF小説『スノウ・クラッシュ』(ニール・スティーヴンスン著)に登場したものですが、それが広く普及したのはセカンドライフがきっかけだと思います。セカンドライフの創始者フィリップ・ローズデール氏がこの小説を読んで「こういう世界をつくりたい」と思ったところからスタートしているんです。
いまのブームはVR関連のサービスの普及や、昨年10月のMeta社の発表(米Facebook社は2021年10月に社名を「Meta」に変更。メタバースの構築に注力すると発表した)などがきっかけですよね。ただ、個人的には現在「メタバース」と呼ばれているものと比較しても、セカンドライフのほうがメタバースの理念を深く体現していると思っています。
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三淵啓自
─セカンドライフは過去のサービスという印象が強かったので意外ですが、どのような点でそう言えるのでしょうか。
三淵:一番は、そこに「経済圏」が存在するかどうかです。たしかにメタバースの実例としてよく挙げられる『フォートナイト』や『あつまれ どうぶつの森』といったゲームには、従来の家庭用ゲームのようにメーカーに提供された内容をただ楽しむだけではない、ユーザーが自分なりに遊び方を見つけられるような自由度があります。しかしそれでも、そこでの遊びはゲームに従属するものであって、ゲーム会社が更新をストップしてしまえばユーザーは減っていくでしょう。
メタバースが持続するうえでは、ただユーザーが自由に遊べるだけでは不十分で、そこに経済活動が生まれる必要があります。セカンドライフが革新的なのは、ユーザーのつくり出した服や建物などのアイテムを、ユーザー間で自由に売買できるようにした点です。セカンドライフのGDPは日本円換算で約800億円にも上りますが、それだけの規模の経済圏が生まれて初めて、メタバースは単なるリアルの延長ではない固有の価値を持つんだと思います。
─なぜセカンドライフのなかでそれだけの経済活動が生まれたのでしょうか。
三淵:理由はいくつかあると思います。まず1つには、ユーザーが「自分を他者と差別化したい」というニーズを持っていることです。最初はデフォルトのアバターを使っていたとしても、次第に自分らしいオリジナルのアバターが欲しくなるんですね。そこから、パーツを自作したり、他人のつくったアイテムを購入したりして、少しずつアバターを改変していくようになります。「つくって売る」や「人から買う」が当たり前になるので、そこで経済圏が生まれていくのです。
そしてセカンドライフ内で売買が可能なのは、そこでつくられたものの知的財産権が運営会社ではなくユーザー自身に帰属するからです。ものづくりや売買には手数料が発生しません。さらにつくったアイテムにはクリエイターの名前がクレジットされます。
ユーザーはセカンドライフ内で自由に創作と売買ができ、そこには見返りがある。その安心感があるからこそ、ここまで経済圏が育っていったのだと思います。
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「プロシューマー」(生産消費者)が生まれる条件とは
─そうしたユーザー第一のあり方は、当初からの設計思想だったのでしょうか。
三淵:基本的にはそうです。セカンドライフの創始者たちは、「プロシューマー」、つまり生産消費者を生み出そうとしていました。これはもともとトフラー(アメリカの未来学者、アルビン・トフラー)が『第三の波』(1980年)で提唱した概念ですが、要するにユーザーがつくる人であり消費する人でもあるようなプラットフォームをつくればその場が持続的かつ活発になると考えたんですね。
なのでセカンドライフの基本的な考え方は、「まずはクリエイターを稼がせる」というものです。そのためにクリエイター活動への手数料ではなく、その他の部分(有料アカウントや貨幣交換の手数料、セカンドライフ内の土地のリースなど)で収益をあげるビジネスモデルになっています。
じつは、運営がものづくりに手数料を課そうとしたこともありましたが、その際には住民たちがセカンドライフ内で反対デモを行ない、結果的に手数料設定は撤回されました。このことからも、セカンドライフは「運営企業が提供しているサービス」ではなく、ユーザーと運営とが緊張関係のなかで一緒につくり上げてきた空間といえるんですね。
私は「メタデモクラシー(超民主的)」とも呼んだりしていますが、セカンドライフとは要するに、「みんなの意見を聞きながら場を運営するとどうなるのか」という実験みたいなものなんです。その過程でデモのようなことが起こったりしつつも、かれこれ20年ほど続いている。このことは、今日のメタバースを考えるうえで非常に示唆的だと思います。
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─いまからセカンドライフに匹敵するようなサービスやコミュニティーを生み出すためには何が必要なのでしょうか。
三淵:企業がつくるサービスは、どうしても収益性が求められるため、クリエイターではなく自分たち企業が稼げるようにしてしまう。それではクリエイターを最優先に考えた遊び場はなかなか生まれないでしょう。
セカンドライフがあれだけ盛り上がったのは、最初からリッチな仮想空間を提供したからではありません。リリース直後は本当にただの空っぽな空間でしたが、そこをユーザーに開放したことによって、勝手に建物などをつくる人が出てきて、いまの形になっていきました。
なぜユーザーが自主的に動いたかというと、先ほど述べたような見返りがあり、クリエイターとしてやりがいがあるからです。いまはそんな風に「好きにつくって、好きに稼いでいいよ」というスタンスのサービスはほとんどないので、もしそういうものが出てきたら一気に世界を席巻すると思いますよ。
結局人が集まったりお金を落としたりするのは、そこに魅力的な人たちがいるからなんです。その魅力的な人を集めるためには、自由と収益性を用意してあげることです。その人たちが自由に振る舞った結果、人がだんだん集まってきて、その空間自体が収益をあげられるようになる。最初から儲けようとすると魅力的な人は集まらなくなるので、結局儲かりません。そこがわかっていない企業やマーケターが多い気がします。
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アバターから生まれるメタバースの互換性
─セカンドライフはすでに15年以上続いていて、ユーザーがつくったアセットも相当な数になっています。その壁を越えるような新規参入はなかなか難しいようにも感じます。
三淵:ゼロから新たなメタバースをつくると考えると大変かもしれませんが、セカンドライフのアセットをそのまま流用できればずいぶん楽になりますよね。たとえば私は、個別のメタバース空間のあいだに互換性をもたせられるような「空間OS」がつくれたらいいなと思ってるんです。
これは、3次元のOSにさまざまなメタバースやゲームがつながっているようなイメージです。オフィスなどのユーザーが使う個々のバーチャル空間は、企業やユーザーが自由に開発して、母体となる空間OSと互換性を持てるようにします。ユーザー側は、その時々のニーズに合わせて、プラットフォームの切り替えを意識することなくいろんな場所を選べるようになる、という形です。
─ゲーム業界では、ひとつのゲームタイトルがPS5やSwitch、PC、スマートフォンなど異なる環境で同じように遊べる「マルチプラットフォーム」が主流になりつつありますが、それに近いイメージでしょうか。
三淵:まさにそうですね。そして、互換性という点で大事なのはアバターの存在です。ひとつのメタバースでつくったアバターを別のメタバースにも持ち込めるなら、ユーザーはストレスなく世界を切り替えられるし、そのアバターのためにお金を使ったり技術を磨いたりするモチベーションも沸きますよね。こうしたアバターの互換性が実現できれば、メタバース関連のサービス全体がひとつの地続きの世界のようにとらえられるようになると思います。
「つくって生きる」ためのベーシックインフラをつくりたい
─日本における生産消費者の経済圏というと、『コミケ』(コミックマーケット)をはじめとする同人文化、二次創作文化が思い浮かびますが、二次創作は権利関係が難しいという印象もあります。
三淵:そこも仕組みの問題ですよね。プロシューマーが二次創作で収益をあげたときに、自動的に元のライセンサーにも収益が還元されるような技術がつくれれば、たいていの問題は解決するのかなと思うんです。
むしろ日本発のさまざまなIPを自由に使って稼げるようなプラットフォームをつくれたら、外貨をどんどん獲得できるようになり、結果的に一次創作者や業界全体が潤いますよね。実際、「サイバー特区」という似たような実験を2009年に実施したことがあるんです。
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三淵:これは総務省に支援してもらった実験で、映像や音楽、キャラクターなどのライセンスを権利者から買い取り、ライセンスプールを用意しました。そのライセンスを特区に登録したクリエイターたちに自由に使ってもらい、つくられたコンテンツを販売したのです。収益の一部は、フィーとして権利者に戻ります。そこでの売買や収益発生をちゃんとトレースできれば、ビジネスモデルとしてはきれいに成り立つんですね。
このときは結局、実験後に実現化には至りませんでしたが、10年以上前からずっと同じようなことが言われているわけです。
─そうしたビジネスモデルの実現には何が必要なのでしょうか。
三淵:やっぱり、わかりやすい成功事例でしょうね。いまもちょうど、いわゆる「ベーシックインフラ」についての新たな実証実験を構想しているところです。
これは、自治体の協力のもと、衣食住に加えてPCやインフラ技術、学校、子育て施設なんかを無償で提供する場所をつくるというプロジェクトです。ここで暮らす人は、学校で3D技術などを学びつつ、その技術を使って自由にものづくりができるようになるというイメージです。
いまの日本に圧倒的に足りないのは時間と機会だと思います。ベーシックインフラを提供することで、とにかく「生きるために稼がなきゃいけない」という状態からいったん自由になってもらったらどうなるだろうか、という実験ですね。
まずは1,000人規模で実施したいなと考えていますが、全員が結果的にクリエイターになる必要はまったくなく、10%でもなってくれたら十分と考えています。そこから1社でもユニコーン企業が誕生すれば、それだけで投資は回収できてしまいます。そこで日本のIPを使って海外向けにデジタルのアセットやグッズ、二次創作などをつくってもらい、それを海外向けに販売する。その利益を元のクリエイターや権利者、衣食住を提供した地域に還元していくという仕組みです。
いまは経済学者をはじめ有識者と議論を進めて、経済的に破綻しないようなモデルを考えているところです。最低10年ぐらいは続けられるような資金を調達できればと考えています。
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企業ではなく、ユーザーが稼げないと意味がない
─「もし生活のための仕事から解放されるなら、空いた時間でいろいろやりたい」という人はたくさんいそうです。
三淵:個人的に、日本人はちょっと真面目すぎるというか、働き過ぎだと思います。本来日本人って、プロじゃなくても趣味でものづくりをする器用な人が多いですよね。手を動かすのが好きという人も多いように感じます。そういう人たちにいろいろつくってもらえるような時間と環境を用意しつつ、その成果物がしっかりお金になるような仕組みもあわせてつくってみたいんです。
また逆に、「やりたいことはないけど時間はたくさんある」というタイプの人もチャンスですよね。メタバースでのものづくりは資本がなくてもできますが、唯一必要なのが時間です。極端に言えば石ころひとつからすべてユーザーがつくる必要があるので、やることは無限にあります。
たとえばいま目の前にあるペットボトルひとつとっても、誰かがカメラで写真を撮って3D化していく必要があるわけですから。さらにペットボトルをいくつも学習させて、自動合成で新たなペットボトルを生成できるようにしたら、それだけでもちょっとしたお金になります。「お金はないけど時間はある」という人にはぜひチャレンジしてもらいたいです。
セカンドライフの理念にもありましたが、やっぱり企業ではなく人々がお金を稼げないと意味がないんですよ。メタバースの可能性を活かすとしたら、その方向しかないと思います。この仕組みで「週3日労働で生活できてるよ」って人が何人か出てきたら、みんな目の色を変えると思うんです。そうなってしまえば勝ちですよね。
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