時系列によって劣化するデジタルツイン──酒井康史『GEMINI EXHIBITION:デバッグの情景』アーティストインタビュー01

6名の現代アーティストが「GEMINI Laboratory(以下、GEMINI)」の世界観を表現した展示『GEMINI EXHIBITION:デバッグの情景』が2022年10月14日(金)〜25日(火)まで、東京のANB Tokyoで開催される。MITメディアラボで都市における合意形成などを研究する酒井康史は、物理空間とデジタル空間の関係性とヒトの意思決定にある曖昧さを描いた作品『MCP [roppongi] 』を出展。酒井が考えるデジタルツインに足りない「時系列」とは?
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MCP[roppongi]
──酒井さんはこれまで都市や集団的合意形成に関するプロジェクトを手がけられていますが、学生時代からそうしたことを専門とされてきたのでしょうか?
大学では情報学と建築を専門としていました。建築は大学の教授だった坂茂さんに「何か作りたいのだったら建築を学んでおくといい」と言われて学び始めたんです。トンカチを持って何かをつくることと情報学的なことの両方を学んでいたので、いま振り返ると最初から“混ざりもの”だったように感じます。大学を卒業したあとは日建設計のデジタルデザインラボ(DDL)に4年ほど在籍し、デジタル経営や設計、プログラム開発などに携わりました。
──現在はMITメディアラボに所属されていますよね。留学に至ったきっかけはなんでしたか?
DDL時代のプロジェクトで、ブラウザで簡単な3DCADを作れる作品を開発したんです。ただし「前の人が作ったものを継承しなければならない」というルールをつけました。さらに、あるモデルとその前に作られたモデルの類似率も計算されるようになっていて、ある作品が評価されたらそれと似ている前の作品も評価されるという仕組みになっています。このプロジェクトを通して、集団で設計することやその評価について興味をもちました。学生時代も設計課題で評価されたとき、どのような基準で自分の作品が評価されたのかがわからないなと思っていたんですよね。そうした興味をきっかけでMITへの留学を決めました。
──MITでは具体的にどのような研究をされているのでしょうか?
いまはMITメディアラボのシティサイエンスグループに所属しています。僕の興味の対象はふたつあって、ひとつは機械同士の合意形成です。機械って合意形成するんですよ。例えば、コンピュータのノード同士がひとつの台帳に合意形成していく仕組みがブロックチェーンですし、アマゾンのクラウドコンピューティングサービスであるAWSも、地理的に分散した複数のサーバーがいかに齟齬がない状態で情報を堅牢に保存するかという話です。2000年くらいまでは理論重視で、そこからいきなり産業としたの発展ですが、そうした機械同士の合意形成に興味があります。もうひとつは組織論で、こちらは人間同士がいかに組織という形で合意形成するかという学問ですね。このふたつを研究し、その応用先として都市を選んでいます。
都市や街を含め、ひとつのものを複数の人間が設計するという行為は難しくて非効率に思える反面、GitHubでは数千人単位の人が数ヶ月でLinuxの新しいバージョンを上げているんです。この例ひとつとっても、テクノロジーが人間同士のネットワークに介入することが当たり前になっています。そうしたことを、「ファジーな都市」という文脈で研究しています。
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MCP[roppongi]
──今回「GEMINI Laboratory Exhibition」で発表される MCP[roppongi]はどのような作品なのでしょうか?
まず、参加者は会場のインターフェイスを通して「住宅を増やしたほうがいいですか」「商業に重点を置いたほうがいいですか」といったことに投票し、それが街に反映されます。裏では『シティーズ:スカイライン』というゲームを使って、会期中に集団的な都市づくりのシミュレーションをするというものです。すると、時間が経つにつれ、人口が増減したり出生率や幸福度が変わったりするんです。例えばお金がなくなったり、人口が減りすぎたりした場合はもう一度やりなおしますが、その探索プロセスも含めて展示しようという作品になっています。
ただし、現実世界でも都市計画にかかわる判断って一般的にはなかなかわからないと思うんですね。例えば「ここを 第二種住居地域にします」と言われても一般人には意味がわからない、そこで、会期中も稟議書は暗号にして読めないようになっています。来場者が「なんだかよくわからないけれど合意している」という状況をつくる。民主主義はその投票にどのような意味があるのかがあって初めて成り立つけれど、そこが抜け落ちた状態で投票してもらうんです。このシステムによって、よくわからないまま合意して、その一方で合意したがゆえに都市に対する所有を宣言できるという状況をつくりします。こうすることで、実は誰のためのミラーワールド/バーチャルワールドなのかがわからないまま決めていく“ズレ”をメッセージとして伝えたいと思っています。会期後半では、情報を開示して生成された街や投票の傾向違いをみていこうとおもいます。
──「わかっていないものに合意する」という風刺的な意味合いを含んでいると。
そうですね。意味がわからないままに合意することへの批評である一方、デジタルツインが誰のプラットフォームなのかが不透明なまま物事が進んでいるということへの批判も含んでいるんです。ただし、合意形成の部分はわざとトーンダウンしています。アートの展示を観に来てくれた人に対していきなり合意形成とかウォレット登録して、DAOに参加してねと言っても、相手は面食らってしまうと思うので。
──そもそもこの作品はどのようなテーマ、問題意識から生まれたのでしょうか?
デジタルツインだけがテーマだったら、あまり意欲はわかなかったと思います。デジタルツインは現実世界と仮想世界というふたつの環境に重きを置くものですが、環境はそれを認識するひとそれぞれ複数ありますよね。ふたつ選ぶというのはわかりやすくはありますが、考えなくてはならないことも多い。
でも、そこにGEMINIというコンセプトが挟まったことで自分が入る余地を感じたんです。GEMINIは双子(ツイン)という意味ですが、そこには現実世界とデジタルツインは双子というように遺伝子は同じだけれど、時が進むにつれまったく違う人になっていくという時系列的な含みがありますよね。どうしたって物理世界では時間が流れます。モノは劣化していくし、人は死んでいく。その一方で、デジタルツインはデジタルなので劣化しません。ということは、本当の意味で双子性を実現するためには人為的にデジタルのほうを劣化させなきゃならないんですよね。
──この作品における時間や劣化というのは何を指していますか?
時間の単位としては2種類あります。ひとつはゲーム内の時間の経過です。例えば、住宅地にすると決めた区画に家が生まれたり、人が増えたり減ったりといったことです。もうひとつは合意形成という時間軸です。「この地区を商業地域にします」といったことが可決されると、それは合意形成という時間軸のなかでひとつ進んだと理解できますよね。
──先ほどデジタルツインが二つの環境に重きを置いていることに対する違和感のお話がありましたが、酒井さんのなかでミラーワールドやデジタルツインといったものが進むべき方向の像などはありますか?
何かを決めるときに、いろいろと極端な方向にしかいかないのは窮屈だなと思うんです。例えば、トランプの政策提言に対しては概して反対だけれど、あるひとつの政策は良いと思う人もいます。あるいは、リベラル(自由主義者)でも言っていることとやっていることに矛盾があることもある。世の中、デジタルのように白黒つけられるものではないと思うんですよね。そういう投票の仕組みや合意形成のプロセス、そしてGitHubのようなテクノロジーを使うことで、「赤(共和党)って言いながら青(民主党)」のようなことを表現できるといいなと思います。投票ってある意味、グレーな状態で白黒を選ばなくてはならないきついアクティビティだと思うんです。その一方、仕組みを変えてみると次の熟議に貢献できたりもすると思うんです。
──テクノロジーによって、そうした意思決定のグラデーションが表現できるようになってほしいということですね。最後の質問になりますが、今回の展示ではどのようなことを感じてほしいですか?
自分たちで決めて、自分たちで世の中変えられるということを、組織構造的に伝えられればと思います。選挙などで投票があるとき「どうせ私が何か言ったとしても変わらないでしょ」って感じると思うんです。そういう状況で政治に関心を持ってほしいと言っても誰も持ちません。みんな忙しいですし。そう考えると、ゲームの方がよほど教育的なツールだと思うんですね。あるボタンを押すと物事がある方向に変わっていくっていう感覚を一作品で表現するのは難しいかもしれないけれど、それを感じてもらえるといいなと思っています。
─聴き手:矢代真也