人間は境界線上で翻弄される──エキソニモ『GEMINI EXHIBITION:デバッグの情景』アーティストインタビュー02

6名の現代アーティストが「GEMINI Laboratory(以下、GEMINI)」の世界観を表現した展示『GEMINI EXHIBITION:デバッグの情景』が2022年10月14日(金)〜25日(火)まで、東京のANB Tokyoで開催される。1996年からテクノロジーと人々の間に生まれるさまざまな関係性を作品を通して描いてきた千房けん輔と赤岩やえによるアートユニット、exonemo(エキソニモ)は、NFTなど仮想通貨による社会の変化が見え隠れした情景の中で制作された作品『Metaverse Petshop』を出展。バーチャルな存在の倫理性やそこから浮かび上がる「人の感情の境界線」とは?
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『Metaverse Petshop』 Supported byNowHere NFT advisorToshi / wildmouse
──エキソニモさんのご活動を拝見してると、YCAMで発表された『Object B』をはじめ、バーチャルとリアルを行き来するプロジェクトを多く手がけられている印象があります。このテーマで作品をつくり始めたきっかけはなんだったのでしょうか?
千房:僕らがインターネットで作品を発表し始めたのは1996年ごろです。当初はリアルの展示会場と接続しない作品をネット上だけで出していたのですが、2000年以降からはリアルな展示空間とインターネット展示を繋げる活動を始めました。そうして興味の赴くままにいろいろな実験をし、10年経って振り返ってみたら、常に何かふたつの世界の境界線を扱ってきたことに気づいたんです。これが自然とその後の作品のテーマになりました。
赤岩:電動工具と改造したゲームを使った「OBJECT B」を発表したのも、10年目あたりのことでした。自分たちがこれまでやってきたことの筋が見えてきた、ターニングポイントとなる作品です。
──特にオンラインとオフラインの境界に関する作品を多く手がけている理由はなんですか?
千房:僕らはインターネットでアーティストとしてのキャリアを始め、インターネットが社会に浸透していく様子を見続けてきたんです。最初は社会とはあまりリンクしないような出来事がインターネットで起こっていたのに、次第に実際の生活にも便利になっていきました。
決定的だったのはスマートフォンの登場です。スマートフォンを持っている人って、24時間365日オンラインじゃないですか。そうなったときに、インターネットと現実の境界線がモヤモヤと曖昧になってきて、どこまでが自分なのかという人間の規定範囲すらも変わってきていると感じるんです。例えば、ソーシャルメディアで自分のアカウントのプロフィールとかを作ったとき、そこで起こる出来事が感覚的に自分の身体の一部になりつつある。それは人間のかたちが変わっているということじゃないですか。それを意識的に扱うことで、今後の人間の感覚がどうなるのかを探っています。
──長いキャリアの中でかなり多くの作品を発表されてきていますが、境界線という意味で特にご自身で象徴的だと思う作品はありますか?
千房:2007年に発表した「断末魔ウス」ですかね。コンピューターのマウスを破壊して、その様子とコンピューターの画面上のカーソルの動きを記録した作品です。そのふたつの映像を同時に再生すると、マウスが破壊される様子とそのときの、マウスが動かなくなるまでの最後のカーソルの動きがシンクロして映し出されます。
初期は作品でマウスを使うことが多かったです。人間が触るインターフェースなのでコンピューターの付属物にしては曲線的で艶めかしいし、名前がマウス(ネズミ)っていうのも面白い。かなり特異な境界線をもっていると思います。でも最近はトラックパッドや画面のタッチがインターフェイスになってマウスも使われなくなってきたので、今度はモニターやスクリーンが境界線として際立つようになっていますね。
──そうした時代の変化として、最近ではNFTや今回のテーマであるデジタルツインやメタバースのような動きもあります。そうしたものは今回の作品にどうつながっていますか?
千房:NFTに関しては投機的な動きや環境負荷の高さなど物議を醸す部分もあって、アーティストのなかにはヒステリックに嫌う人もいます。そういうゴタゴタしている部分にはかなり境界線がありますよね。そういうこともあって、僕らもリサーチする意味を含めてNFTを使ったりもします。
ただWeb3は大きな動きで、今後の世の中に影響を与える流れのひとつになると思っています。僕らが活動を始めたころはインターネットが同じ立ち位置で、何ができるのかわからないし、気持ち悪がる人も多かったんですよね。いまのWeb3はそういう状況と似ている部分があって、そのごちゃごちゃ感が面白いです。信頼にまつわる動きがすべてバーチャルで行なわれることにも人間臭さを感じます。
──それは具体的にどういうことでしょうか?
千房:ほかの動物にとって、価値とは食べられるものや温かい住みかなど実体のあるものですよね。でも、人間はそこに何もなくても、みんなが信じると価値があると考える。インターネットも宗教もアートもそうです。それをテクノロジーで実現し、翻弄されているところが面白いんです。
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『Metaverse Petshop』 Supported byNowHere NFT advisorToshi / wildmouse
──今回「GEMINI Laboratory Exhibition」では「Metaverse Petshop」を展示されますが、どういう作品なのでしょうか?
千房:ケージの中にモニターが入っていて、そのモニターにバーチャルな犬が映し出されているというペットショップを模したインスタレーションです。モニターの中にQRコードがあって、来場者がスキャンするとそのペットを購入できるようになっています。購入された犬はケージのモニターからは消え、購入者の犬としてスマートフォンにやってきて名前をつけられたりできます。
ただ、モニターの犬は10分売れないと消えるんです。これは意味的には殺処分を表しています。そもそもペットショップは国によっては違法なビジネスです。ケージに入れて販売すること自体が残酷ですし、そのために動物を繁殖させたり、売れ残った動物を殺すことも裏で行なわれています。それをデジタルで行なったらどうなるか考えたのが、今回のインスタレーションです。実際はデータなので残酷なことは何も行なわれていませんが、まったく気にしない人もいれば、ひどいことだと怒り出す人もいます。そういう感情の動きが作品のコアにあるんです。
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──「Metaverse Petshop」はもともと「NADA New York 2022」というニューヨークのアートフェアで初めて発表された作品ですよね。なぜ「GEMINI Laboratory Exhibition」に展示しようと思ったのでしょうか?
千房:今回「GEMINI Laboratory Exhibition」のお話をいただいて、コンセプトと合うのではないかと考え提案しました。ミラーワールドをテーマにした作品ではないのですが、「Metaverse Petshop」がいろいろなものを内包した作品なので、ミラーワールドという角度から見たときに違う見え方をするのではないかと思ったんです。
実は「NADA New York 2022」のころにはNFTの機能はなかったのですが、その後にNYのSOHOにあるNowHereというギャラリーでの個展ででNFT化できる機能をつけました。ただ、そのままNFTにしても面白くないので、NFT化するためには犬を殺さなきゃいけないという意地悪な仕組みにしました。3Dデータではなく、2次元の画像でしかNFTにできないんです。これは動物の革をなめしてレザーをつくるのと同じです。レザーは生きた動物よりも長く存在できますよね。NFTも普通のデータより“長生き”すると思われているので、そういう点を重ねています。まあ、ほとんどの人がしませんね(笑)。そういう感情の揺さぶりをおこす作品です。
──過去の「Metaverse Petshop」の展示から発見などはありましたか?
千房:ある種、人の感情の境界線みたいなものが現れるということですかね。例えば、この作品をゲーム的に捉えている人からは「10分待たないと犬が変わらないのは長すぎる」と言われる一方、「10分しか生きられないなんてかわいそう」と話す人もいました。人によってとらえかたが全く異なるんですよね。
赤岩:バーチャルな世界の道徳感は、今後変わっていくんじゃないかなと思います。昔『セカンドライフ』を試したときの話なのですが、わたしは「現実の世界でできないことができる場所」という感覚で遊んでいたんですね。なので、何も着ないでふわーっと飛んで、どこかのパーティーに行ってみたんですよ(笑)そうしたら、パーティーにいたほかのアバターの人たちにすごい怒られて。現実世界の道徳観がそのまま適用されるんだ、つまらないって思ったのを覚えています。
ほかのゲームでも、人を殺していい場所では人を殺すわけですよね。それは道徳に反していないのかなど、人や場所によって道徳観は大きく違います。そうした違いと今後どう折り合いをつけていくのかに興味があります。ミラーワールドはまた別のレイヤーの環境ですが、リアルの道徳観と別のバーチャルの新しい道徳観がどんどんクロスしていくのではないかと思っています。
─聴き手:矢代真也