人間中心の視点で描いた、境界なきミラーワールドの姿

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2022年9月、TOPPANはミラーワールドを共創するコミュニティ『GEMINI Laboratory (以下、GEMINI)』を立ち上げた。さまざまな業界のメンバーが集まり、実際にプロトタイプを開発しながらミラーワールドの共創を目指す取り組みだ。
TOPPANは1900年に創立されて以来、印刷テクノロジーをベースに成長してきた。日用品の包装事業からデジタル認証技術を活用した事業まで、幅広い分野で情報と文化の担い手として社会に貢献している。
リアルとデジタルが交わる「ミラーワールド」において、TOPPANはどのような事業を展開していけるのだろうか——。
遡ること約一年半前。TOPPANのチームは、そんな漠然とした問いに頭を悩ませていた。技術よりも、人間中心の視点で考えることで、新たな事業の可能性が見えてくるかもしれない。そこで、TOPPANはグローバルデザイン企業のIDEO社を訪れた。
IDEOは、約30年前から「人間中心デザイン」によるイノベーションを追求してきた。製品のデザインから組織変革まで、これまで手がけてきたデザイン領域は多岐にわたる。近年では不確実性や複雑性が高まる世の中を背景に、数年先を見据えた未来を舞台にするプロジェクトも増えてきている。技術の延長線上にある未来ではなく、未来の人々にとって望ましい体験、企業が自ら熱意を持って作り出したい未来に焦点を当ててデザインすることを心がけている。
2021年7月、TOPPANとIDEOのメンバーが集まり、ミラーワールドの可能性を人間中心の視点から模索する9週間のプロジェクトが発足した。
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リサーチの一環で訪れたTOPPANの展示会と印刷博物館。印刷物や建材などが歴史的に果たしてきた役割と、これからの発展可能性について考えを深め、TOPPANだからこそ描けるミラーワールドを想像していった。
さまざまな専門分野の視点を組み合わせる
未来を考える際、専門家の意見を聞くのは良くあることだが、ミラーワールドの可能性をより多角的に探っていくためにも、テクノロジーの専門家だけではない、各界のエキスパートにもインタビューを行った。さまざまな分野の専門家の知見を借りながら、体験やサービスのデザインのヒントを得るリサーチ方法だ。
例えば、VRやAR技術を用いた作品をつくるアーティスト、デジタル・セキュリティの専門家、五感を拡張する技術に取り組むエンジニア、スマートシティや建築情報学の専門家などに話を聞き、ミラーワールドの可能性と想定される課題点をさまざまな切り口から紐解いていった。
また、あえて物理的なモノが持つ魅力を探る意味でも、ロングライフデザインをテーマに日本の伝統工芸や技術の継承に取り組む経営者にも話を聞いた。その対話の中で生まれた「人がモノに対して愛情を持てる仕組みは何か」という問いは、ミラーワールドにおける人とモノの関係性について考えるきっかけになった。
ミラーワールドを擬似体験する
ミラーワールドは、人々にどのような新しい体験をもたらすのか。IDEOではユーザーに共感しながら体験をつくりあげていく手法を大切にしているが、まだ明確な定義が存在しないミラーワールドにおけるユーザーを探し出すことは困難だ。
そこでチームは、その未来をデザインするヒントを得るためにミラーワールドを擬似的かつ直感的に体験する方法を考えた。IDEOでは、これをエンパシーエクササイズ(Empathy Exercise)と呼んでいる。ノートブック型パソコンの原型を作りあげたプロダクトデザイナーでIDEOの創設者のひとりでもあるビル・モグリッジが言い残したように、「体験を体験する唯一の方法は、それを体感すること(The only way to experience an experience is to experience it)」だからだ。
例えば、サウナで心身を整えてからデジタルアート鑑賞を楽しむチームラボの『アートとサウナ』では、自分の五感と環境のつながりが気分や体験にもたらす作用に気づくことができた。
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チームで体験したチームラボの「アートとサウナ」
47都道府県のモノやサービスを実際に体験した上で、レンタルまたは購入することができる展覧会『d47 RENTAL STORE』では、モノの所有者が変わることで生まれる新たなコミュニケーションや、モノが持つ記憶が描くストーリーを楽しめた。
また、視覚障害者の案内により真っ暗闇の中を探索していく『ダイアログ・イン・ザ・ダーク』では、視覚以外の感覚を研ぎ澄ませることで開かれる新たな体験の入り口に気づくことができた。
リサーチから浮かび上がった3つの機会領域
まだ発展途上の技術の先にあるミラーワールドの姿を、どうしたら想像しやすい形で伝えられるか。チームは試行錯誤を重ねた結果、3つのテーマにコンセプトを振り分け、それぞれ象徴的なキャラクターを主人公に立てて展開するストーリーに落とし込んだ。
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『文脈を保管する』
ミラーワールドでは思い入れのある持ち物や記憶を、それらを取り巻く文脈ごと保存し、フィジカルとデジタルの両世界を越境してアーカイブすることが可能になる。この新しい記録の仕方によって、人とモノの関係性や交流の在り方が変化し、新たなアイデアやコミュニティーを育むきっかけが生まれる。
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『空間を持ち運ぶ』
ミラーワールドでは、人々は空間を自在に持ち運べるようになる。デザインされた空間は普遍的なものではなく、そこで暮らす人々と一緒に、まるで生き物のように変化していくだろう。
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『視点を変える』
ミラーワールドでは、いま目の前で起こっている自分の視点から見える現実だけではなく、様々な視点から過去を振り返ることが可能になる。色々な視点から物事やイベントを見ることで、過去の興奮を追体験したり、そこから新たな学びを得られる。
この3つのストーリーが伝えるのは、デジタルとフィジカル、空想と現実、過去と未来、創り手と使い手、様々な境界が曖昧になることによって生まれる新たな体験の魅力だ。いずれにおいても、体験の主人公は人であり、起点は物理空間にある。これは、リアルとデジタルを越境してさまざまな価値を多くの人々に提供してきたTOPPANだからこそ描けるミラーワールドの姿だと言えるだろう。
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AR技術を活用して、聞き手側も参加できるプレゼンテーションの手法を考えた
未来の体験は、体験しながら考える
未来の体験を考えるプロジェクトでは、抽象的な議論で盛り上がった内容をパワーポイントにまとめた結果、誰にも共感されず終わってしまうことが多い。特にミラーワールドのように、技術に焦点が当たりがちなトピックでは「人」が現れないまま終わることだってある。
しかし、物理世界とデジタルが融合するミラーワールドであっても体験の主人公はいつも人だ。今回も、技術より人の体験に焦点を当てるためにあえて温かみのあるイラストスタイルを採用した。また、イラストをスマホのカメラでスキャンするとストーリーの主人公がデジタル世界で見ているものが浮かび上がるという、聞き手側も参加できる仕組みも考えた。
さらに、AR技術や3Dプリンティングなどを組み合わせて、各ストーリーの中に出現するいくつかのコンセプトを擬似体験できるプロトタイプも準備した。未来が想像できなければ、手を動かして描いていけば良い。たとえ擬似的であっても、今日のテクノロジーを活用しながら未来をお試し体験できる機会を創れば良い。未来の体験を探るプロジェクトだからこそ、話し手も聞き手も一緒に手を動かしながら考えていくことが大切だからだ。
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各ストーリーの中に出現するいくつかのコンセプトを擬似体験できるプロトタイプも準備した。写真は、3Dプリントされたタイルをカメラにかざすと楽器音がなるコンセプト。
TOPPANは紙という身近な素材を通して木材のような温かみのある体験から、大理石のような高級感溢れる体験を多くの人々に提供してきた前例がある。同様にミラーワールドにおいても、複雑に重なる情報をわかりやすく編集し、誰もがアクセスできる体験をデザインする役割を担えるだろう。
しかし、ミラーワールドは一社によって築かれる世界ではない。都市デザインと同じように、さまざまなプレイヤーが参加し、視点を共有し、試行錯誤していくことが大切だ。だからこそ『GEMINI』が、業界の垣根を越えたメンバーが集まる実験場として成長していくことを願っている。
今回のプロジェクトから生まれた3つの領域をスタート地点に、人間中心デザインの視点を忘れず、より多くの人に開かれたミラーワールドを『GEMINI Laboratory』のメンバーたちと共に築いていきたい。
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TOPPANとIDEOのメンバーによって結成されたProject Geminiのチーム。IDEOでは各プロジェクトに対してコードネームをつけて、プロジェクトのロゴやブランドを創る文化がある。